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新出資料の銀印 「経文緯武(けいぶんいぶ)」が、新潟県立歴史博物館にて本邦初公開!

新出資料の銀印 「経文緯武(けいぶんいぶ)」が、新潟県立歴史博物館にて本邦初公開! Posted | 2018/09/10

長岡開府400年・NST開局50周年記念 新潟県立歴史博物館平成30年度秋季企画展 「徳川の栄華―徳川家、日光東照宮、牧野家ゆかりの名品―」にて、新出資料の銀印 「経文緯武(けいぶんいぶ)」が本邦初公開!

けいぶん

「経文緯武」(9月15日~9月30日のみ限定展示)

銀印「経文緯武」は德川宗家の蔵を調査する過程で、平成29年(2017年)に発見されました。徳川家の家紋「三つ葉葵」のある黒塗葵紋付蒔絵方形箱に入っていた銀印の印面の大きさは縦9.2cm・横9.2cmで、印面から鈕までの高さは7.8cmです。重さは2.7kgあります。

はこ

黒塗葵紋蒔絵方形箱

この銀印は、安政4年(1857年)に江戸幕府が篆刻家の益田香遠らに命じて製作されました。印面の「経文緯武」は「文を経(たていと)にし、武を緯(よこいと)にす」と読み、「文武両道を兼ねた政治の理想的な姿」を表すとされています。14代将軍の徳川家茂と15代将軍の徳川慶喜が使用し、主に外交文書に押印されました。銀印が捺された外交文書には、安政6年(1859年)の日米修好通商条約批准書(批准書交換は翌年の万延元年)や文久2年(1862年)に文久遣欧使節をヨーロッパへ派遣した際の信任状などがあります。
批准書は条約に対する国家の最終的な確認・同意書で、国家元首によって署名(押印)されます。親書や信任状は国家元首同士でやりとりされるものです。つまり、この銀印「経文緯武」は、将軍が「国家元首」として作成する外交文書に押印した印章で、日本外交史上で大変貴重な資料といえます。

今回、德川記念財団様のご協力のもと、銀印「経文緯武」が「徳川の栄華ー徳川家、日光東照宮、牧野家ゆかりの名品ー」(会期:9月15日~11月4日)で初公開されることとなりました。
公開期間は9月15日~9月30日の限定です。お見逃しなく!

秋期企画展「徳川の栄華」について詳しくはこちらから↓
http://nbz.or.jp/?p=18051


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