暮らしと調和する名刹〈乙宝寺〉。
自然と伝統が息づく乙地域
「#新潟のコメジルシ=新潟のいいところ」ってどんなところ?
「だから新潟!」と、新潟を選びたくなるいろんな理由を新潟の人たちに聞いてみました。
乙地域の中心にある〈乙宝寺〉
私が生まれた「胎内市乙(きのと)」という集落には、西暦736年に聖武天皇の勅願により開山されたお寺〈乙宝寺(おっぽうじ)〉があります。
開山時には寺内に釈迦の左眼仏舎利が納められ、国指定重要文化財や今昔物語にも記載される伝説なども残るすばらしいお寺です。この名刹(※有名なお寺のこと)と共に形成されたのが、私の住む「乙地域」という集落です。
そのため乙宝寺は、乙地域に住む人々に非常に親しまれています。
例えば、乙宝寺の境内には新潟県の名水にも選ばれた「どっこん水」という湧き水が出ていて、私の家でも生活水として昔から親しんできました。
子どもの頃の遊び場もまた乙宝寺でした。私はケイドロなどをして遊んだし、親の世代は冬に雪あそびをしていたようです。私の子どもも学校が終わったら当たり前のように乙宝寺に遊びにいき、鐘がなったら帰ってくるという生活をしています。
今でも自分自身は何かあればお願い事をしにいきますし、地域の行事やお祭りも乙宝寺で行われることが多いです。
乙地域に住む人々にとって乙宝寺は、地域活動の中心の場となっています。
一度外に出て初めて気づいた乙地域の素晴らしさ
一度外に出てみると、これだけの歴史や文化財が残るお寺が集落の日常に溶け込んでいることは良い意味で異質だと感じます。
関東で過ごした大学時代、一人旅に行くのが好きでした。特によく訪れていたのが京都。京都で寺院や歴史的建造物を巡っては感動していましたが、乙宝寺は京都にある文化財に負けないくらい歴史があるお寺です。そして、そんなお寺を子どもの頃はただの遊び場としか思っていなかったことに驚くとともに、そんなお寺が地元にあることを誇りに思う気持ちが芽生えました。
子どもたちが100年先まで誇れる地域を目指して
その後、Uターンで乙地域に戻ってきて家業の<乙まんじゅうや>に入社することになりましたが、地元に若者やお店が減り、活気がなくなっていることに危機感を覚えました。
乙宝寺というすばらしい建造物を備え、またその乙宝寺を中心に地域の方々が生き生きと生活している地域であったはずなのに、どうして…。次第に、この地域で商売を行っていく者としてもっと地域を元気にしたい、子どもたちが誇りに思える地域を作りたい、という気持ちが生まれてきました。
現在私は、乙まんじゅうやでの菓子製造販売業務とあわせて、乙宝寺のガイドや食のコンテンツ作りなどの地域観光振興にも取り組んでいます。
そのほかにも、〈きのと山桜復活の会〉という会を地域の仲間と共に立ち上げ、様々な方々のご協力の下で子どもたちが100年先まで誇れる地域を目指し、〈乙宝寺裏1000本桜プロジェクト〉を行っています。
松尾芭蕉が乙宝寺を訪れた際、「うらやまし 浮世の北の 山桜」という句を詠んだくらい、かつては山桜の名所でした。その乙宝寺に山桜を蘇らせようと、地域内外の皆さまや子どもたちと共に、総数1,000本の桜の植樹を行う計画です。
これまで地域の子どもの卒業記念に植樹をしたり、クラウドファンディングを通じて地域外から祈願桜のオーナーを募ったりと、さまざまな人の想いを乗せた山桜が植えられています。
乙地域は、豊かな自然とあたたかい人々に囲まれたすてきな地域です。地域住民にとって身近な存在でありながら歴史的な建造物である乙宝寺は、訪れた人の気持ちを静め、精神を落ち着かせてくれます。乙地域はさまざまな方にとっての第2の故郷になれるポテンシャルを秘めているので、帰省をするような感覚で訪れてもらえればと思っています。
乙地域は実は、立地もいいのです。新潟県下越地域の観光地である村上市の瀬波温泉や関川村の温泉郷など、下越地域の多くの温泉に車で20分以内で行くことができます。これらの観光地を訪れ、もう少しどこかに行きたいなと思ったときは、ぜひ乙地域に立ち寄ってもらえるとうれしいです。
皆さんも自然いっぱいの乙地域で、時間がゆっくり流れるような体験を楽しんでみませんか?
編集部コメント
お話を聞く前は「乙」の読み方も分からなかったくらいこの地域のことを知らなかった私ですが、久世さんのお話とお写真から、自然豊かであたたかい人々に囲まれた乙地域にぜひ足を運びたくなりました。歴史があり閑静でありながら、地域住民の方々に愛され地域活動の中心となる乙宝寺の雰囲気を実際に感じてみたいです。加えて、久世さんの活動によってこれから乙地域はもっとすてきな地域になりそうですね。ぜひ皆さんも、乙地域で心安らぐひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。(齋藤)