五泉ニットを観光コンテンツに!
五泉市で持続性のある
産地のあり方を探して
「新潟コメジルシプロジェクト」では、新潟に暮らす県民自らが県内の気になるもの、おもしろいと思った人を取材、紹介する「新潟県民ライタープロジェクト」を始動しました。そこで暮らしているからこそわかる、ローカルなアクションや、小さくてもホットなトピックを取り上げていきます。
観光の楽しみ方は人それぞれ。ここ数年で、観光業を取り巻く環境が大きく変化していますが、旅先でのワクワクはその土地に住む人との出会いや、暮らしを追体験できることが大きなポイントだと思います。
日本有数のニット産地として栄えるまち、五泉市では新たな観光のあり方を示すため、市内の工場見学などを観光プログラムに組み込む「産業観光」を始めました。手がけるのは〈五泉ニット工業協同組合〉。そのなかで、中心人物として取り組む高橋正春さんは物腰の柔らかさと五泉市に対する想いを人一倍持っています。
日常である「産業」に、非日常である「観光」がどう結びつくのか。ニットでつながる、みんなのスペース〈LOOP&LOOP(ループアンドループ)〉を訪れました。
繊維のまちからニットのまちへ
五泉市が産地であり続ける所以
五泉駅から徒歩5分の場所に位置するLOOP&LOOPは、1946年に設立された五泉ニット工業協同組合の事務所をリノベーションした複合施設。五泉ニットの販売や期間限定で出店できるチャレンジショップ、コワーキングスペースなどを併設して、ニットと出合い、ニットでつながれる場として地元の憩いの場になっています。
産地を牽引してきた先人たちの思いと次世代に受け継ぐ技術が行き交う場で、高橋さんは産業と観光を組み合わせた産業観光についてこう語ります。
「産業観光とは『産地』を『観光』として回ること。地場産業が存在する五泉市だからこそ可能な、新しい観光プログラムです。私たちの使命は、五泉ニットをたくさんの人たちに知ってもらうこと。そのため、『産業』をキーワードに五泉市に訪れるきっかけをつくりたかったんです」
なぜそう考えるようになったのか。過去を振り返ってもらいながら、その真意を探っていきます。
はるか遠い昔、“五つの泉が、豊かにわき出る里”と呼ばれてきた五泉市は、水に恵まれた地域。絹織物の風合いは水で決まります。この良質な水と適度な湿度がある環境でつくられる絹織物の生産によって、江戸時代から五泉市は繊維のまちとして発展してきました。
しかし、現代に近づくにつれて生活様式が一変します。人々は洋服を着るようになり、それにともない当時着物の生産で成り立っていた絹織業が衰退しました。
「日本三大白生地産地である五泉市も同じく、絹織業の生産量の減少によってまち全体がニットに方向転換しました」(高橋さん)
追い討ちをかけるように、アパレル業界の不振やファストファッションの流行をきっかけに、繊維業界の国内生産が年々減少するなかで、産地として持続できる道を模索する日々を過ごしてきました。
「幾多の危機に直面してはみんなで団結して乗り越えてきた歴史があります。このことは、まちぐるみで五泉ニットのブランド化を推進する原動力にもなっているのです」(高橋さん)
継続は力なり。
産業観光の可能性はフェスで見つかる
五泉市では現在、多くの工場やチームが集積し、ニット製品を完成させるために必要な糸の染色、ニット生地の編み立て、縫製、加工という工程をすべて担うことができます。各工程を得意とする企業や工場同士が連携し、ワンストップで製造できる産地へと成長しました。
2015年から始まった「五泉ニットブランド化事業」では、4つの観点(人材育成、地域活性化、販路市場開拓、広報・PR)からなる分科会をつくり、業界内外から集まった20名ほどのメンバーで各プロジェクトを推進しています。
産業観光の着想を得たのは、地域活性化を目的に五泉ニット工業協同組合が全7回開催した〈五泉ニットフェス〉でした。
五泉ニットフェスでは、「五感で五泉ニットを楽しむ」をテーマに市内の工場見学ができる「オープンファクトリー」や、ニットフェスアンバサダーが開催する「クラフトマルシェ」、商店街をまち歩きできる「オープンストリート」、五泉八幡宮で開かれる「ニットライトアート」などが開かれました。
実際に、オープンファクトリーで訪れた参加者がそのまま工場に就職するなど、工業と商店街とのつながりや、若者からみた五泉ニットの魅力が可視化されました。
「五泉ニットフェスはニットを核としたまちづくりを目的にした企画です。これまで混じりそうで混ざらなかった工業の私たちと商業の商店街が五泉ニットフェスをきっかけにつながって、相乗効果を生み出せる観光プログラムをつくれる可能性が見えました」
と、高橋さんは手応えを感じています。五泉ニットフェスを継続した結果、産業と観光がつながる近未来の姿がはっきりと見えたのです。
産業観光ツアーにいざ行ってみよう!
LOOP&LOOPは2021年11月に、〈近畿日本ツーリスト〉とタッグを組み、五泉市が持つ地域資源と地域で活躍するプレーヤーと出合えるモニターツアーを実施しました。当日は、〈横正機業場〉〈ナック〉〈近藤酒造〉〈割烹 文福〉〈慈光寺 黄金の里〉の順で五泉市をめぐりました。
「横正機業場で伝統文化の白生地をはじめとする絹織物にふれてもらい、現在急成長するナックでニット産業の可能性を知ってもらう。そして、五泉市にある山「菅名岳」の中腹から湧き出る「胴腹(どっぱら)清水」を使って酒造りを行う近藤酒造、歴代の五泉ニット工業協同組合員がお世話になってきた割烹 文福。五泉観光協会と協力して案内する慈光寺と、さまざまな人や団体、企業との相乗効果が生まれる観光プログラムとなりました。
五泉ニットを知ってもらうために始めたニットフェスで、逆にニットにこだわらなくてもまち全体を切り口にすることで人に来てもらえると分かったからこそ、誕生したプログラムです。加えて今回、観光のプロである近畿日本ツーリストさんの視点と知見を取り入れて行ったことも大きかったです。
ゆくゆくは、この場から徒歩3分で行ける商店街をめぐるコースなど、LOOP&LOOPを起点とした独自のプログラムをつくっていきたいんです」(高橋さん)
産地ならではの強みを生かしながら、工業と商業、そしてコミュニティが一体となって地場産業である五泉ニットのブランド価値を高めること。さらに、五泉ニットを観光コンテンツにすることで五泉市の認知度やシビックプライドを高めて、産地ブランドの確立にもつなげています。結果、持続可能性のある産地を実現することが産業観光の目指すところかもしれません。
横断的な地域連携を見据えた産業観光
「願い続ければ叶う」と高橋さんが過去を思い浮かべながらこう語ってくれたように、産業の危うさをまちの担い手たちが憂い、産地を残そうと願い行ってきた持続的な取り組みによって五泉市の今があります。
「正直、今から何かの日本一の産地をつくりたくてもつくれないですよね。だから、五泉市の歴史に支えられている私たちは“もともとある土地の力を享受している”と思うんです」(高橋さん)
高橋さんのように五泉市に住み続ける人を増やすために、LOOP&LOOPでは学生たちの誘致を行なっています。2021年には、修学旅行で訪れた市外の学生が、組合会員から譲り受けた糸の残りを使ったオリジナル小物づくりなどを行いました。
「産地であり続けることは、ひいては新潟県の魅力を高めることにもつながります。新潟にもっと人やモノを引き込む力をつけるためにほかの市町村とも協力して、横断的な地域共創としての産業観光を視野に入れています」(高橋さん)
最近、巷で「五泉って元気がいいよね」と耳にすることが増えてきたと感じています。ここ五泉市で見つけたのは工業と商業、行政が共存共栄する観光の可能性でした。これからLOOP&LOOPが起点となり、どう糸を編むようにつながっていくのか、楽しみにしながらまた足を運びたいです。
Information
LOOP&LOOP
住所:新潟県五泉市吉沢1-1-10
TEL:0250-42-2156
営業時間:10:00〜17:00(ショップは10:00〜16:00まで)
定休日:火曜日
URL:http://gosenknit.or.jp/facility/
※五泉ニット工業協同組合カレンダーに準ず