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県民ライター2022.03.14

新潟でやりがいを持って働く。
自分らしい働き方を見つめ、辿り着いた
イラストレーター・ヤマシタナツミさん

「新潟コメジルシプロジェクト」では、新潟に暮らす県民自らが県内の気になるもの、おもしろいと思った人を取材、紹介する「新潟県民ライタープロジェクト」を始動しました。そこで暮らしているからこそわかる、ローカルなアクションや、小さくてもホットなトピックを取り上げていきます。

ネルマエ文庫(ねるまえ・ぶんこ)
会社員の傍ら、「寝る前のしんとした時間にゆるりと読める」をコンセプトに、文章を書いたり、ZINE(個人出版物)を制作したり、古本屋としてイベントにも出店。「新潟県で楽しく働きながら生活するにはどうすればいいんだろう」と常に生き方を模索中。
Twitter:@nerumae_bunko
Instagram:@nerumae_bunko

「悩んでいたときに偶然出会った『はたらく、くらすを考える展』に心を動かされたことがあり、今の活動をはじめたきっかけのひとつになりました。この記事も、新潟県での働き方や暮らし方に悩んでいる人にとってひとつの選択肢として届くとうれしいです」

ヤマシタさんが主催した「はたらく、くらすを考える展」(新潟市西区内野〈又蔵ベース〉にて)
ヤマシタさんが主催した「はたらく、くらすを考える展」(新潟市西区内野〈又蔵ベース〉にて)

2019年5月、新潟県で働く人々にインタビューした『はたらく、くらすを考える展』が新潟市西区で開催された。この企画は、〈もしもシアター〉という「『もしも、わたしがあの人だったら』と想像するところから、新たな一歩を踏み出す」を目標としたユニットによる、十人十色の働き方のオムニバスインタビュー展である。

主催者のひとりであるヤマシタナツミさんは、当時は会社員をしながら個人の活動として企画を行っていたが、今ではフリーランスの仕事を含む複数の仕事をこなすパラレルワーカー(複業)だ。以前は会社員としてひとつの会社の仕事だけをしていたヤマシタさん。そんな彼女が『はたらく、くらすを考える展』を開催し、自分に合った働き方に至るまでにはどういう思いと決断があったのだろうか。

自分のやりたいことと会社の領域

新潟県に生まれ育ち、大学で学んだ分野を活かして食品メーカーに就職。

「食品について考えることが好きだったので、一生続けていく仕事だと思っていました」と語るヤマシタさん。自分の働き方に疑問を持ち始めたのは入社してから7、8年目の頃だったという。

「食品の会社で働いていた私は、当たり前ですが食品のことしかできないんです。でも、食品の開発は、暮らしに含まれていることをいろいろな角度から考える必要があります。繰り返し考えていくうちに、食品だけでなくもっと幅広い分野に関わりたいと思うようになりました。自分がやりたいことが、会社の領域からはみ出していったんですね。そして会社ではできないことをやりたいという気持ちは、だんだんと大きくなっていきました」

会社の領域からはみ出したものをどこで発散させるか。そんなモヤモヤした気持ちを抱えていた頃、ヤマシタさんは、東京で〈しごとバー〉というイベントに参加した。さまざまな職種の人がその日限りでバーのマスターになり、そのマスターから仕事に関する話を聞く、というイベントだ。そのなかでも印象的だったのが、東京と地方の二拠点生活をする人の言葉だった。

「『東京にはいろいろな仕事があるけれど、人が多く、競争率も高い。だから東京で活躍したいと思ってもできないこともある。そんな人でも、地方にはたくさんの活躍の場がある』という言葉に衝撃を受けました。視点を変えれば、新潟にはたくさんの活躍の場があると気がついたんです」

地方に住むわたしたちにとっては、「東京に仕事を求めに行く」という考えがあっても、「地方に仕事を求めに行く」という発想は抱きにくい。働き方の可能性は、気がついていないだけでわたしたちの周りにもあるのかもしれない。

〈もしもシアター〉の出発点

このイベントをきっかけに「こういう話ができる場所が新潟にあったらいいな」と漠然と思ったという。この思いが具体化したのは、1冊のリトルプレス『WYP vol.0.5働きながら日本を探る』を見つけたことだった。

東京の編集チーム〈WYP〉が出版したリトルプレス『WYP vol.0.5 働きながら日本を探る』。ヤマシタさんは、WYP編集長の川口 瞬さんに直接連絡を取り、WYPで実施した展示方法を「はたらく、くらすを考える展」でも採用したいことを伝え、展示を開催した。
東京の編集チーム〈WYP〉が出版したリトルプレス『WYP vol.0.5 働きながら日本を探る』。ヤマシタさんは、WYP編集長の川口 瞬さんに直接連絡を取り、WYPで実施した展示方法を「はたらく、くらすを考える展」でも採用したいことを伝え、展示を開催した。

「このリトルプレスは、『働きながら日本を探る』と題し、いろんな人にインタビューをした展示をまとめたものです。『こんな展示を新潟でやったらどうなるだろう……やりたいものはこれだ!』と思いました。そして挑戦したのが『はたらく、くらすを考える展』です」

新潟市西区内野にある〈又蔵ベース〉にて開催された『はたらく、くらすを考える展』の様子 (壁面のパネルがインタビュー記事) 。
新潟市西区内野にある〈又蔵ベース〉にて開催された『はたらく、くらすを考える展』の様子(壁面のパネルがインタビュー記事)。

当時の〈もしもシアター〉のnoteには「会社員としての自分ではなくて、ありのままの自分として誰かの役に立ちたい」と綴られており、その思いは「やりたい」から「やらねば」と次第に変わっていったという。

〈もしもシアター〉という名前は、劇場の舞台に立つ人に感情移入するように、インタビュー記事を読んで『もしも自分があの人だったら、世界はどんな風に感じられるか』考えてみてほしい」という思いから名づけられた。

個人では初めて企画展ということもあり、いろいろな場所に積極的に顔を出しリサーチするなど、人とのつながりを深めながら企画を進めていったヤマシタさん。

苦労の末、ついに開催された『はたらく、くらすを考える展』には、多様な働き方に興味を持つ人たちが集まり、多くの感想が寄せられた。

来場者が感想を付箋に書いて、展示パネルに貼っていく。来場者の感想も「展示」の一部になった。
来場者が感想を付箋に書いて、展示パネルに貼っていく。来場者の感想も「展示」の一部になった。

人とのつながりと仕事
もしもシアターから学んだ働き方

「インタビューを通してさまざまな価値観を知り、自身の働き方、日常生活における考え方が変わりました」と語るヤマシタさん。

『はたらく、くらすを考える展』の開催当時は、会社員としてフルタイムで働いていた。しかし、当時勤めていた会社を退職し、現在はパラレルワーカーとして活動している。

現在の仕事内容としては、フリーランスとしてのライティング、イラストレーション、イメージライティング※1、会社のパート社員としてのライティングの4つを生業としている。

※1 イメージライティング:依頼主にヒアリングを行い、その人が考えていること、やりたいことを整理し可視化させるヤマシタさんオリジナルのサービス。

ヤマシタさんが記事のライティングをしたパンフレット。
ヤマシタさんが記事のライティングをしたパンフレット。
現在制作中のイラスト入りパンフレット。デザインも手がけている。
現在制作中のイラスト入りパンフレット。デザインも手がけている。

「わたしは、人の話を聞く仕事がしたくて。どうしたらそれを仕事にできるんだろう、と考えたときにライターがいいかなと思いました。パートの仕事をしているのは、安定的な収入を得るためと、企業の中でライターとしての経験を積みたい、と考えたためです。パートの仕事とフリーランスの仕事、両方をすることで、やりたいこと・お金・時間・体力のバランスをとっている感じですね」

「書くこと・描くことは人からお話を聞く手段のひとつです」と語るヤマシタさん。そんな彼女のフリーランスとしての仕事は、どれも人とのつながりから生まれたものだ。ライターとしての仕事は、〈もしもシアター〉でインタビューした〈株式会社新潟家守舎〉の小林紘大さんから「パンフレットの文章を書いてほしい」と頼まれたことが始まりだった。

イラストレーターとしての活動は、ひょんなことから始まった。きっかけとなったのは、夫婦間の会話ツールとして使っていたホワイトボードのイラストをSNSに載せたことだ。

ヤマシタさんの日常の相棒でもあるホワイトボード。ここに描いたものをスマートフォンで加工してSNSにアップするそう。
ヤマシタさんの日常の相棒でもあるホワイトボード。ここに描いたものをスマートフォンで加工してSNSにアップするそう。

「SNSのイラストを見た人が『おもしろいね』と言ってくださって。仕事という意識はなかったのですが、よろこんでもらえたら仕事になる、という気づきをもらえましたね。イラストレーターとして名乗ってみよう、と思うようになりました」

イラストレーターと名乗ってもいいのだろうか……という葛藤もあったヤマシタさんだが、以前にインタビューをした〈BarBookBox〉の豊島淳子さんの「何かになるって、やると決めて名乗るだけですよ」という言葉に背中を押されたそうだ。〈もしもシアター〉の活動を通じて得た視点が、今のヤマシタさんの働き方につながっている。

やりたいことと収入のバランス。
新潟県で自分に合った働き方をするには?

ヤマシタさんのリフレッシュ方法は潟を散歩すること。生活のなかで大きな存在だそう。
ヤマシタさんのリフレッシュ方法は潟を散歩すること。生活のなかで大きな存在だそう。

会社員としてフルタイムで働きながら〈もしもシアター〉の活動をしていたときは、楽しい反面、しんどく感じることもあったそう。「自分はやりたいことがあるのに会社に時間をとられてしまうと感じ、ストレスになっていました」と当時を振り返る。昔のヤマシタさんと同じように「働き方を変えたい」「これから何か始めたいが何をしたらいいかわからない」と悩んでいる人のためにアドバイスをもらった。

「わたしも始めは新潟県は東京より働く選択肢は少ないと感じていたことがあって。なぜなら求人情報を見ていただけだったんです。あとは今の仕事と比べて、収入が減るか減らないかという経済面をすごく気にしていて。そのふたつに囚われていると、選択肢が少ないと感じるのかもしれませんね」

自分の生活を振り返ったときに、何を大事にしたいか。
自分の思いをすり減らしてまでも、収入に執着する必要があるのか。

そう自問自答した末、収入を減らしてもいいかな、と思えてきたという。減らした分、自分が大事にしたいものは得られるのかを考え、ヤマシタさんは今の働き方にたどり着いた。たしかに、収入は生活する上で重要だ。しかし、収入以外で自分は何を大事にしたいのか、ということを整理すると、今まで見えていなかった選択肢が見えてくるのかもしれない。

「無理やり今のかたちを変える必要はなく、自分で納得して、自分が選んだという感覚を持てるやり方であればいいのではないでしょうか。一概には言えないけれど、やりたいことと収入のバランスや、時間と体力の配分を、どのあたりにもってくるかによると思います」

名刺を持ってまちに出よう

ヤマシタさんの歴代の名刺たち。
ヤマシタさんの歴代の名刺たち。

ヤマシタさんと話していると、自分のやりたいことが明確かつ言語化されていることにとても驚かされる。そして新潟県でのいろいろなつながりがあることに驚かされる。ヤマシタさんはやりたいことを見つけたり、人とつながるためにどのようなことをしているのであろうか。

「いろんな場所に行ってみて、その人にとっての心地良さを知るのはどうでしょうか。そこが判断軸になっていくと思います。自分のなかに何もないところから見つけることは難しいので、実際に見て感じたものから見つけていけばいいんじゃないかと思います。これが嫌だ、ということでもいいんです。嫌いなものからそっと距離を取ることも、心地良さを増やすために必要なことかなと思います」

ヤマシタさんも情報収集の足がかりとしていろんな場所に行き、その日に感じたことを記録していたそう。何かを始める第一歩として、新潟県内オススメの場所を教えてもらった。興味がある人はぜひ訪れてほしい。

【ヤマシタナツミさんのきっかけづくりにおすすめのスポット】
furumachi SAN/新潟市中央区:https://sun000.base.shop/
風舟/阿賀町:@kazafune_aga(Twitter)
ISEZI/新発田市:@isezi.shibata(Instagram)
Sanjo Publishing/三条市:https://sanjo-publishing.business.site/
きら星BASE/湯沢町:https://kirahoshibase.com/

「いろんな場所に行くとき、奥手な人には、名刺を持つことをオススメします! もしもシアターを企画した当時のわたしは、『何かをしたい』というだけの謎の人でしたが、その状態で名刺交換をしていました(笑)。もし肩書きがわからない人は、自分の名前だけの名刺でもいいかと。とりあえず名刺を持ってまちに出る、ということがきっかけになるかもしれません」

〈もしもシアター〉を通じて自分の好きなことを見つけ、自分のちょうどいいと感じるバランスで仕事をするようになった。今後についても聞いてみた。

「今後の〈もしもシアター〉は、展示するかはわからないけれど、働き方ではなく、10年、20年先の住まいや暮らしをどうしていきたいかということを考えたい」

「わたしは常に自分の世界を広げたいんです」とインタビュー中に何度も言っていたヤマシタさん。働き方を変えたいと願うとき、わたしたちは経済面につい目が行きがちになる。しかし、彼女のようにまちに出て自分の世界を広げたり、自分の判断基準の欠片を見つけてあげたりすることも新しい一歩のきっかけになりえるのだ。彼女の人生のさらなる広がりが楽しみだ。

Information

ヤマシタナツミ

「人の思いに光をあてる」をテーマに、ライティング、イラストレーションなどをしています。Webやパンフレット向けの文章やイラストが多め。個人の方のご依頼もお受けしています。趣味は人に会いにいくこと、潟の散歩。詳しくはWebサイトをご覧ください。
URL: https://www.yamashitanatsumi.com


もしもシアター

URL:https://note.com/moshimotheater/