塩湯治ってなに!?
日本海側で初めて
海水浴場ができた柏崎。
そして、現代の塩湯治
「サウナ」へ
新潟県民にとっては「当たり前」でも全国的に見ると全然当たり前じゃないことってたくさんあるはず! そんな新潟の魅力を、新潟県に縁のある方に聞いてみました。
日本海側で初めて
海水浴場ができた柏崎
新潟県は長い長い海岸線を持ち、私達は海が当たり前にある生活をしています。真夏の海が海水浴場として賑わう光景は県民にはお馴染みではないでしょうか。
私が住む柏崎の海水浴場は、県内のみならず、近隣の海無し県からも広く知られています。しかし、日本海側海水浴場発祥の地であることを知る人は、多くありません。
日本人として初めて西洋医学を体系的に学び、将軍専属医師を経て、初代陸軍軍医総監をつとめた松本順(良順)が、古くからの友人であった柏崎の布施家を訪ねたのは1888年5月のこと。当時の記録には「布施家が開業した医院を手伝いながらしばらく滞在した」と残されています。その間、柏崎の海岸にも出かけ、西洋からもたらされたばかりの「海水浴」の医学的効能を人々に説いたとされています。
これは想像ですが、その際、柏崎の海を海水浴場として推奨した可能性が非常に高いと考えています。なぜなら、1885年に日本初の海水浴場を神奈川県大磯に開いた人物こそ、松本順だからです。
海にまつわる歴史について、もう一つ、興味深いものを見つけることができました。
松本順が柏崎を訪れるよりも前の江戸時代後期。当時、柏崎を治めていた役人が書いた「柏崎日記」の中にこんな記述があります。
[天保13.6.24]大暑休日故土用見舞いに出て昼頃までに帰る。今日丑の日故塩湯治と申て老若の男女皆浜へ参り候。
今の暦で7月下旬から8月上旬頃、老若男女が海へ行った目的は「塩湯治」だというのです。しおとうじ、とは何でしょうか?
調べてみると、「塩湯治」は柏崎だけでなく古来日本の沿岸部で行われていた習慣のことで、真夏に何度も海に入り、体を丈夫にする、皮膚を健康に保つ等、海で行う健康法だったようです。冬の寒さが厳しい新潟県ですから、柏崎以外の各地でも「塩湯治」で丈夫な体をつくる習慣があったと想像できます。
松本順は柏崎で医学的な海水浴の効能を説き、日本の海では古くから健康増進のため「塩湯治」が習慣となっていた事を歴史が教えてくれました。
現代の海水浴はレジャーですが、そもそも日本人は健康を目的として海に入っていたのです!
平成以降、レジャーとして海水浴を楽しむ人は全国的に減少しています。2020年、コロナ渦で海水浴場が軒並みクローズし、その傾向は今後も強まると考えています。
そこで私は、レジャーに代わる新しい価値として、健康を目的としていた「塩湯治」に注目しました。
海辺に滞在しながら体と心を整える現代の塩湯治……。思い浮かんだのが、サウナです。塩湯治的サウナ体験、私はこれを「蒸し湯治」と呼んでいます。
「蒸し湯治」実現の準備は進行中で、2021年6月頃には小竹屋旅館前のビーチに本格的なフィンランド式サウナ「サウナ宝来洲(サウナホライズン)」を開業予定です。水風呂はあえて作らず、サウナ後は海に飛び込んでいただくと、海水浴とは全く異なる海の体験ができます。
柏崎の美しい海と海岸が、心身の健康を目的に人々が集まる「ウェルネスビーチ」発祥の地として、歴史に残ってくれたら嬉しいですね。
【編集部からひと言】
日本海側で初めて
海水浴場ができた柏崎
海水浴がもともと健康のために始まったことも、日本海側初の海水浴場が柏崎なのも知りませんでした。明治時代から時を経て、現代の塩湯治「サウナ」へ形を変えているのも面白いですね。令和に合わせた塩湯治の楽しみ方が拡がる柏崎のこれからの動きが楽しみです。