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県民ライター2022.03.02

やりがいや喜びは自分で作る
日本初の米農家直営キッチンカー
「う米家」店主に学ぶ「農家の働き方改革」

「新潟コメジルシプロジェクト」では、新潟に暮らす県民自らが県内の気になるもの、おもしろいと思った人を取材、紹介する「新潟県民ライタープロジェクト」を始動しました。そこで暮らしているからこそわかる、ローカルなアクションや、小さくてもホットなトピックを取り上げていきます。

齋藤華(さいとう・はな)
1997年生まれ、群馬県出身。大学進学を機に新潟に移住し、そのまま地元印刷会社に就職する。営業職を約2年半経験後、現在は自社メディアである 新潟をもっと楽しむライフスタイルメディア「セナポン」の運営業務に従事。大好きな新潟の魅力を存分に語りつくせることに幸せを感じながら、ここに住む人だからこそ分かるローカル感満載な記事を発信している。

「もともと、ファンでよく通っていたキッチンカー〈う米家〉。その魅力や成り立ち、店主・齋藤さんの想いを多くの人に紹介したいと思い、取材してみようと思いました!」

新潟市西蒲区で米農家を営みながらイベント会社〈株式会社ホイミ〉の代表も務める齋藤桂さん。そのうえ2020年8月からは日本初の米農家直営キッチンカー〈う米家〉としても活動する。

大学進学を機に上京し、そのまま芸能プロダクションのマネージャーとして働いていたという齋藤さんがどうして新潟に戻り、実家の米農家を継ぐことになったのか。その理由やキッチンカーを始めようと思ったわけ、さらには現代を生きる農家としての働き方について、お話を伺った。

都内で働く敏腕芸能マネージャーから
新潟の米農家へと転身

もともと新潟から出る気などまったくなく新潟の大学に行くものだと思っていたという齋藤さん。しかし、ついでに受験した東京の大学に合格してしまったことで、「自分でも東京に行けるのか……」という気持ちが芽生え、「大学の4年間だけ東京に行かせてもらえませんか?」と両親にお願いをした。

ところが、就職も東京ですることに。通っていた学部が「社会学部」でメディアについて勉強していたということもあり、卒業後は芸能プロダクションのマネージャーとして7年ほど働くこととなる。

「初めの約束もあり、いつか新潟に戻りたいという気持ちはずっとありました」

そのときが訪れたのは2008年だった。当時担当していた芸人が芸能界で成功をおさめ、マネージャーとしてひと息つけたことと、実家で両親の農業を手伝っていた弟と妹がそれぞれ結婚して実家を出ることになったタイミングがちょうど重なった。そこで、31歳を機に新潟に帰り、実家の米農家を継ぐ決意をする。

稲刈りの様子。重機による作業も今ではお手のもの
稲刈りの様子。重機による作業も今ではお手のもの。

しかし、米農家だけでは稼ぎが足りない。そこで芸能プロダクションのマネージャーとして働いていた経験を生かし、イベント企画・タレントキャスティングを主な業務とする〈株式会社ホイミ〉を立ち上げる。そこからイベント業と米農家の「兼業農家」としての人生が始まることとなった。

値段を勝手に決められる?
既存の農業システムに感じた疑問

新潟に帰ってきて、31歳で初めて米づくりと向き合うことになった齋藤さん。小さい頃から田植えや稲刈りを手伝ってきたが、田植え後の水管理、肥料や除草剤の散布、機械のメンテナンスなど、それ以外にも地味な作業が山ほどあることに驚いた。

田植機での田植えの様子
田植機での田植えの様子。
手作業での田植え。今でも現役の齋藤さんのお母さん
手作業での田植え。今でも現役の齋藤さんのお母さん。

米づくりにおける基本的な知識をつけるのも大変だった。

「米づくりに関してわからないことがあって親父に聞いても、経験と勘だけでやってきた人なので、『そんなのわからん』って言われて答えにならないんです」

そのため、新潟県農業大学校に通い、教科書で米づくりを勉強する必要があった。しかし米づくりを始めて10年経った今もわからないことはたくさん。教科書には載っていないイレギュラーな事態が起こることも多々あるため、経験を積んだり勘を鍛えるしかない部分も大きいという。

また、既存の農業のシステムについて、疑問に思うこともあった。ひとつが「つくった米は全量JAに出荷する」という点。必ず全量買い取ってくれるけれど、等級や値段は一方的に決められてしまう。

さらに、買い取られた米は、地域のほかの農家の米がすべてごちゃ混ぜにされて売り出されるという。

「いろいろな農家がいて、草ボーボーの田んぼもあったりするんですよ。そういう田んぼを見ると、うちの親父は一生懸命頑張っているのに、そのような農家の米と一緒にされるのか……って気持ちになるときもありますよね」

買い取ってくれるシステムは非常にありがたいけれど、自分で汗水たらしてつくった米の値段を自分では決められない、ほかの農家さんの米と混ぜられる、誰に届くかわからない……米の売り方にもっと選択肢があってもいいのではないかと思うようになった。

「自分で売ればいい」という選択

そんななか東京に遊びに行った際、青山でファーマーズマーケット(農家などの生産者が複数軒集まって自分のつくった農産物などを消費者に直接販売することができる市場のこと)が開かれているのを発見。これはおもしろい、ここで米を売れば東京時代の知り合いが来てくれるかもしれないと思い、東京で米を売ることを考えついたという。

「このことを親父に相談したら、『お前の会社がJAと同じ値段で買うなら売ってやるよ』って言われたんです。売れ残っても知らんぞ~って(笑)」

JAに買い取ってもらうこと以外、米を売る方法を知らなかったお父さんとしては、本当に売れるのか疑問があったよう。齋藤さんは実際にJAと同じ値段で米を買い取って、ファーマーズマーケットで売ることを始めた。

ファーマーズマーケットでは「齋藤家」という店名で出店。米には、「魚沼産ではないけれど味では勝るとも劣らない新潟県産コシヒカリ減農薬の特別栽培米」の初めと終わりの文字を取って「う米(うまい)」という名前をつけた。

実際に販売しているう米のパッケージ。白米、玄米、分づき米を2、5、10キロの単位で販売している
実際に販売しているう米のパッケージ。
白米、玄米、分づき米を2、5、10キロの単位で販売している。

知り合いが買いに来てくれたり、試食から買ってくれる方がいたりと、ファーマーズマーケットでも少しずつファンを集めていった。また、今まで集めたファンからリピートしてもらえるように、オンラインショップも開設した。

「2010年の段階でも、すでに通販サイトでは大手の米屋さんや農業法人の米が売られていました。うちはとびきり値段が安いわけでも、変わった農法で育てた米でもないから、大手と真っ向から勝負できない。なのでファンはコツコツ集めていくしかなかったんです」

地道に対面での宣伝活動をして、「人」で選んでもらう。それが齋藤さんが選んだ方法だった。

例えば、お肉は脂のつき具合や柔らかさなどで、わかりやすくおいしいかどうかがわかる。しかし、米はそれが非常に難しい。また、米はあまりに日常的な食材でどこでも購入可能であるため、米の品質や銘柄、つくり手などには無関心のまま購入している人も多いだろう。

そうなると、選んでもらう基準として自分たちが提供できるのは、値段や品質ではなくて「人」。どのお米を買おうかなと思ったときに、「生産者の顔がわかる齋藤さんから買おう」と思って選んでくれる人を増やそうと決めた。

そのために〈う米〉を売り始めた頃は、通販で買ってくれた人全員に直筆の手紙を書いて送っていたそう。今は数が多くなってしまったので、家族・子どもの写真とともに齋藤家の近況を綴った『齋藤家通信』というはがきを同封している。

齋藤一家が勢揃いした『齋藤家通信』の一枚
齋藤一家が勢揃いした『齋藤家通信』の一枚。

「こんなことを積み重ねてファン……というか僕たちのことを好きになってくれる人が増えていって、最終的に、今はJAよりも高いお金で親父からお米を買っています(笑)」

日本唯一の米農家直営キッチンカー
〈う米家〉が開業

2010年に新潟に戻り、米農家とイベント業の兼業農家として順調に仕事をしていた齋藤さん。しかし、2020年の2月、新型コロナウイルスの影響からイベント業で予定していた仕事が軒並み中止に。チケットの払い戻しなどで赤字が出てしまう。

毎月出店していた青山のファーマーズマーケットも中止。そこで売ろうと思って倉庫に保管していた米の行き場がなくなった。

「このままでは大量の米が余ってしまう、さてどうしようとネットで調べていたら、神奈川で中古車をDIYしてつくられたキッチンカーが販売されているのを見つけました」

以前ファーマーズマーケットでおにぎり屋さんに行列ができているのを見かけていた齋藤さんは、「これならいけるかも」と思い、奥さまと一緒にキッチンカーをやることを決意した。当時、ネットで調べても米農家が直営しているキッチンカーはどこにも見当たらなかった。

緊急事態宣言が明けた日の翌日に神奈川まで飛んでいき、約70万円のキッチンカーを現金で一括購入。新潟まで乗って帰ってきた。

また、そのときちょうど新潟県庁が飲食店支援の社会実験としてキッチンカーへの場所貸しをしていることを知る。「デビューが県庁ってなんかかっこいい!」と、勢いで2020年8月18日の出店を決めた。

「でも保健所に行ったら『その場で握るおにぎり屋さんはできません』って言われてしまったんです」

おにぎり屋さんをするためには、ひとつひとつ個包装をして成分表示のシールを貼って、お弁当屋さんとして営業しなければならなかった。そのためには弁当販売免許の取得や厳しい規定をクリアする必要があり、残念ながらおにぎり屋は諦めることに。

次に思いついたのはどんぶり屋。齋藤さんにとって「どんぶり=吉野家、すき家、松屋」などのイメージだったので、店の名前は、う米を使ったどんぶり屋=〈う米家(うまいや)〉に決定。

メニューには、調理済みのものをかけるだけで提供時間が短いもの、かつ新潟ではあまり食べられていないものをと考えた。その結果、齋藤さんも奥さまも台湾が好きで、本場の魯肉飯(ルーローハン)を多くの人に食べてもらいたいと思っていたため、ひとつ目のメニューは魯肉飯に決定。

魯肉飯。ひき肉などは使わない本場の味
魯肉飯。ひき肉などは使わない本場の味。

もうひとつは、豚のひき肉を使ったごま坦々丼。味の決め手となるピーナッツソースは、まろやかかつ食べ応えを感じるよう工夫した。

ごま坦々丼。女性からの人気が高いそう
ごま坦々丼。女性からの人気が高いそう。

今はこのふたつのどんぶりを中心に、酸辣湯スープや台湾ビール・ジュースも提供している。

現在販売している2つのどんぶり。今後メニューが変わる可能性も……?
現在販売している2つのどんぶり。今後メニューが変わる可能性も……?

飲食業界での経験がなかったふたりにとって、メニュー開発も大変な作業だった。

「とにかく最初はいろんなレシピ本やサイトを見て、試しました。こうしたレシピを自分にインプットしながらおいしいと感じた部分を抽出し、試行錯誤の末、今の味にたどり着きましたね」

地味で、儲からなくて、苦しい農業…
やりがいや喜びは自分で生み出していく

「当たり前だけど、自分たちがつくった料理を食べてもらって『おいしい』という反応を直接いただけるということは本当にうれしいですね」と齋藤さん。JAに出荷するしか選択肢のなかった頃は、自分の家がつくった米を誰が食べているのかなんてまったくわからなかった。それに、そのときは農業に対して楽しさを見い出せなかったという。

「農業って非常に作業が地味なんです。人とのコミュニケーションもほとんどないし、新しい出会いもない。そのうえ米は、買取価格も消費量も年々下がっている。地味で、儲からなくて、正直やってらんないと思っていました」

しかし、そのような農業でも続けたいと思えるようになったのは、う米の直売やキッチンカーのおかげ。

キッチンカー内で調理をする齋藤さん。提供前には必ず仕上げの過熱をする
キッチンカー内で調理をする齋藤さん。提供前には必ず仕上げの過熱をする。

仕込み、移動、片づけにかかる時間を合わせるとキッチンカーを1回出店するのにかかる時間は丸2日。正直、売り上げは割に合わないが、お客さまからいただく「おいしかったのでまた買います」「楽しみにしてました」という声は、何ものにも代えがたい喜びだという。

「農業」という地味な活動のどこに喜びややりがいを感じて、続けられるか。それがこれから農家が生き抜いていくためのカギだと言う齋藤さん。

「作物の出来が気候、病気、害虫などに左右されて、行き場のないモヤモヤを抱えることも多いです。でもそのモヤモヤをどこで解消するか、どこで『また頑張ろう』と思えるようになるかが大切。僕の場合は、買ってもらえる、食べてもらえる、おいしいと言ってもらえる人がひとりでもいる。それがあれば『よし、また頑張ろう』って思える。その言葉で農業を続けられるんです」

また、今までの農家はつくるだけの「職人」で良かったけれど、今は売ることまで自分たちで考えないといけない時代。昔は「つくることに全力を注ぐ」のが農家として正しい生き方だったのかもしれない。需要もあったので、一生懸命取り組んでいれば、売り上げは出た。しかし今はそうじゃない。

自分自身で情報を集めることも、実行することも昔よりずっと簡単になった現代。

「キッチンカーに限らずもっといろんな売り出し方が出てくると思うので、これからの農業シーンがどう変化していくのか非常に楽しみです。あと、僕だけかもしれないですが、農家同士のつながりって意外とないんです。みんな個々では頑張っているので、その頑張りがつながって新たなものをつくり出してもおもしろいかなと思います」

〈う米家〉キッチンカーと齋藤さん。この日は古町モール7にて出店
〈う米家〉キッチンカーと齋藤さん。この日は古町モール7にて出店。

自分自身が楽しんで農業を続けるため、新しい道を切り開いていく齋藤さんに、「米農家の働き方改革」を見た。これからの齋藤さんの活躍と、新潟では欠かせない米農業シーンからますます目が離せない。

Information

う米家

TEL:0256-72-0831
URL:http://umai.shop-pro.jp/
Instagram:@umaiya_saito
Twitter:@umaiya_saito

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