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県民ライター2022.03.15

長者温泉ゆとり館で感じた
幸せな移住のために大切なこと

「新潟コメジルシプロジェクト」では、新潟に暮らす県民自らが県内の気になるもの、おもしろいと思った人を取材、紹介する「新潟県民ライタープロジェクト」を始動しました。そこで暮らしているからこそわかる、ローカルなアクションや、小さくてもホットなトピックを取り上げていきます。

髙橋 典子(たかはし・のりこ)
新潟県村上市出身・在住。新潟市の高校、千葉県の大学を卒業後、東京都内の広告代理店に就職。2010年にUターンし、地元企業で企画・広報として勤務。2018年、〈よはくや〉として活動をスタート。ライター業に加えて、同じ屋号で宿泊業(民泊)も営んでいる。

「屋村さん夫妻とはオンラインセミナーでの対談が初対面でしたが、宿を営んだり地域で暮らすうえで大切にしたいと考えていることが同じで驚いたし、うれしかったんです。お話をうかがうだけでなく、実際に自分も滞在してみたいと思ったこと、また、移住定住についても考えを深めたかったことから文章にまとめたいと考えテーマにしました」

"奇跡の集落"を目指して

新潟県は南北に長い。

北の端は、村上市。筆者はこの村上市にUターンし、宿業を営んでいる。南に伸びる海岸線を辿った端にあるのは、糸魚川市。

以前、「新潟コメジルシキャラバン」主催のオンラインセミナーで、「旅をデザインする」をテーマに対談したのが糸魚川市木浦地区で〈長者温泉ゆとり館〉を運営する屋村(おくむら)祥太さん・靖子さん夫妻だ。屋村夫妻はふたりとも県外出身。存続の危機にあった集落経営の温泉宿を引き継ぎ、運営している。

Iターンした夫婦が集落のピンチを救ったなんて奇跡のような話だと思ったが、屋村夫妻は木浦地区を「奇跡の集落」だと語っていた。奇跡を感じに行きたい。北から南へ3時間車を走らせ、ゆとり館を目指した。

ゆとり館の看板。海沿いから集落へ、山道を登り宿を目指す。
ゆとり館の看板。海沿いから集落へ、山道を登り宿を目指す。

糸魚川市に入ると、「長者温泉ゆとり館○km」と書かれた看板がそこかしこに現れる。おそらく糸魚川市営時代の看板であるそれらは、引き継ぐ重みを感じさせた。

集落の良さをそのまま活かして

番台ごしに地域の方や屋村さんが和やかに話しかけてくれる。
番台ごしに地域の方や屋村さんが和やかに話しかけてくれる。

現在は日帰り温泉の利用と宿泊ができる、長者温泉ゆとり館。屋村さん夫妻と娘のひよりちゃんは、地域の方、常連の方のアイドルだ。勝手口には、愛犬・吉(きち)がゆったり寝そべっている。

スタッフとして働くのは地域の人たち。祥太さんは「これほど外からの人を受け入れてくれる集落はないと思う」と語っていた。集落の住民が持ち回りでゆとり館を運営していたから、みんなお客さんを受け入れる気持ちがわかる。それが奇跡のようだと。

食事会場の奥に飾られた農作業に使われてきた道具たち。
食事会場の奥に飾られた農作業に使われてきた道具たち。

ゆとり館の館内は、市営時代からの古い民具がたくさん並んでいる。農作業で使われていた道具や、糸を紡ぐための糸車。私だったら、とふと思った。自分の色を出したいと考えたら、これらの道具は宿の奥にしまい込んでしまうかもしれない。

靖子さんは言う。

「地域の人たちは、古いものを恥ずかしがるんです。でも、古いからこその魅力がある。かわいい! 素敵! って言い続けています。古い道具も、集落のおばあちゃんが履いているもんぺもかわいい。みなさん照れるけれど、もっと自信をもってほしいという気持ちがあります」

Uターンし地元で宿をする筆者の気持ちは、その土地に元からあるものに気恥ずかしさを感じる地域の人と、Iターンし新たな価値を見出す靖子さんの、ちょうど間にあるのかもしれないと気づかされた。

古いものを愛でる気持ちを大切にしているという靖子さんの話を聞いてから館内を見ると、また少し違ったところに目がいくようになった。例えば、ドライヤーを入れている飴色のカゴ。宿の入り口近くに置かれた、下の集落の店舗が閉店する際にもらってきたというタバコの什器。

古箪笥にしまわれた電車のおもちゃ。近所の小学生も遊びに来るという。
古箪笥にしまわれた電車のおもちゃ。近所の小学生も遊びに来るという。

夕食会場には子どもたちのためのおもちゃが置いてあった。小さなお子さんを連れた東京からの常連客が屋村さん夫妻と話しつつ、子どもたちが泣いたり笑ったりしながら遊ぶ姿を見守り食事をする。それはまるで、親戚の家のようだった。清潔で懐かしさのある温泉に浸かり、広い客室の布団でゆったり眠った。

翌朝は、朝食を用意する音と、ひよりちゃんの元気な声で目が覚めた。とても心地よい目覚めだった。これがビジネスホテルや旅館だったらどうだろう。もしかすると、私が心地よく感じた音は「騒音」とされてしまうのかもしれない。

ゆとり館は、宿泊するための施設ではなく、ひよりちゃんや屋村さん夫妻の暮らしを感じ、自分もその一員になったように感じられる場所だからだろう。生活の音に安心感を覚えた。

幸せな移住に欠かせないこと

朝食後、靖子さんと犬の散歩に出た。今回の旅で映像として真っ先に思い起こされるのは、この散歩の時間だ。緑の中で見えてくるご近所の家のこと、暮らしている人のこと、田んぼ、畑、はさがけ、湧き水のこと。靖子さんから集落の話を聞きながら散歩する時間は、とても豊かなものだった。

緑に囲まれた集落の道。人間のそばを愛犬・吉がゆっくり歩いてくれる。
緑に囲まれた集落の道。人間のそばを愛犬・吉がゆっくり歩いてくれる。

ゆとり館を訪れる前に祥太さんと対談した際、「宿に滞在して得られる体験を“プラン”にしたくない」という話題で盛り上がった。旅の魅力は、偶然性にあるはずだ。そのとき居合わせた人、天候、さまざまな要因によって同じ旅にはならない。誰が行っても、いつ行っても、同じにならないのが旅の魅力のひとつだと思う。偶然性をなくした「宿主と集落を体感!犬の散歩ツアー」ではだめなのだ。

散歩をしながら靖子さんがつぶやいた。

「ふらりと来た自分たちよりも、長年ここで暮らし続けて来たおじいちゃん、おばあちゃんのほうがずっとえらい」

それまでは何者でもなかった移住者が、都会ではこうですよ、新しい目線ではこうですよ、と教え諭す姿に違和感を覚えてきたという。靖子さん自身も、ゆとり館を引き継ぐ前に暮らしていた地域でうまくいかない歯がゆさを味わっている。

「宿をするための物件を探していたけれど、うまくいかなくて。これだけ空き家はあるのにどうして貸してくれないんだろう、と。持ち主は貸すと言ってくれたのに、『本家が良しと言わなかったからやっぱり貸せない』とか、『次男だから決められない』とか。埼玉のベッドタウンで生まれ育った私には、地域のしきたりや空気感のようなものについて知識がなく、理解ができなかったんです」

受け入れる側の心持ちは、実はシンプルだ。地元をほめられればうれしい。馬鹿にされたら悲しい。わかってくれようとする姿勢に安心し、わからないと線を引かれればこちらも仲間とは思えず寂しくなる。

人間関係に“奇跡”は起きない。移住がうまくいく、魔法やとっておきの秘訣なんてない。移り住む側と受け入れる側のお互いのリスペクト、当たり前すぎて取り上げられないこの姿勢こそが、幸せな移住に必要なのだと思う。

自然体な屋村夫妻が、集落の人の心も訪れる人の心もほぐしてくれる。
自然体な屋村夫妻が、集落の人の心も訪れる人の心もほぐしてくれる。

「長者温泉ゆとり館」屋村祥太さんと「よはくや」高橋の対談の様子はこちらから
【オンラインセミナーレポート】旅をデザインする、新しい宿の在り方

Information

長者温泉ゆとり館

住所:新潟県糸魚川市大字木浦18778番地
TEL:025-566-3485
URL:https://yutorikan-onsen.webnode.jp/
Instagram:@yutorikan_itoigawa
Twitter:@onsen_yutori
facebook:長者温泉ゆとり館


よはくや

住所:新潟県村上市細工町4−23
TEL:0254-75-5489
Instagram:@yohakuya
Twitter:@yohakuya4898
facebook:よはくや 新潟県村上市の紹介制ゲストハウス