【オンラインセミナーレポート】旅をデザインする、新しい宿の在り方
「暮らすように旅をする」。有名な観光地を巡るだけでなく、住んでいる人と同じような場所へ赴き、同じようなごはんを食べ、同じように時を過ごす。そんな旅が、近年話題となっています。
〈新潟コメジルシプロジェクト〉が主催するオンラインセミナー「地元をオモシロくする10人の発信力」。第3回で議題となったのは、そんな旅と新しい宿の在り方についてです。村上市にあるゲストハウス〈よはくや〉高橋典子さんと、糸魚川市にある〈長者温泉ゆとり館〉屋村祥太さんをゲストに迎え、それぞれの宿のスタンスから地域の人とのコミュニケーションで意識していることまで熱のこもったトークが繰り広げられました。ファシリテーターは第1回、第2回に続き小林紘大さんが務めました。
今回はそのトークセッションをレポート。「暮らすように旅をしてみたい」「将来、宿を運営してみたい」「地元で自分のお店を立ち上げたい」。こんなことを考えている人にとって、少しでも力になれるヒントをお届けできたらうれしいです。
ふだんの村上暮らしを体感できる、ゲストハウス〈よはくや〉
小林紘大(以下、小林):今日はキャスティングがおもしろくて、新潟県最北端の村上市から〈よはくや〉さん、最南端の糸魚川市から〈ゆとり館〉さんをお迎えしています。直線距離にして217キロ! オンラインだからこそ実現したトークですよね。まずは、よはくやの高橋さんから宿の紹介をお願いできますか?
高橋典子(以下、高橋):はい。新潟の最北端、村上市に住んでいる〈よはくや〉宿主の高橋です。ただ、実は村上を離れていた期間が長くて、高校で新潟市内へ、大学で千葉県に出て、2010年に村上市にUターン。その後、地元企業で働いたあと、2018年に〈よはくや〉を開業しました。
〈よはくや〉の特徴は大きくわけてふたつあります。ひとつ目が、まち全体を宿と捉えていることです。〈よはくや〉は素泊まりの宿なので、夕食は提供していません。ご近所に居酒屋やバー、料亭があるので、いらっしゃる方に合わせてお店をご紹介しています。〈よはくや〉には何もありませんが、まちには食事処も温泉も土産物屋もある。宿が“余白”で、まちが主役であるという思いを込めて〈よはくや〉と名づけました。ふたつ目の特徴が、2021年7月から始めた紹介制です。営業するなかで、「〈よはくや〉がどんな宿なのかをわかってくださる方ほど、居心地良く過ごしていただける」ことに気づいて実験的に紹介制を始めてみました。
ここからは今回のテーマである情報発信について、自分で気をつけていることについてお話します。
ひとつ目は、「みせすぎない」こと。これには3つの意味があるのですが、まずは実際以上に良く見せすぎないことです。今は誰もが写真を加工して発信できる時代。ですが、行ってみたらイマイチだったということもあるかもしれません。だからこそ、〈よはくや〉では飾りすぎないように気をつけています。
次に全部を見せすぎないこと。〈よはくや〉のインスタは、白黒で統一をしているんですよ。ご自身の目でご自身の感覚で〈よはくや〉を捉えてほしいので、行かなくても全部わかるといった状況は避けようと思っています。
最後に、お店過ぎないの「みせすぎない」です。宿泊料金を下げたり、ビジネス寄りの売り方をすれば、もっとお客さんは来てくれるのかもしれません。でも、それは〈よはくや〉ではないのかなと。商売っ気を出さないようにしようといつも気をつけています。
大きく分けてのふたつ目は、“ひとり”に届けること。具体的に思い出せる人に向けて「この人がこんな情報を知ったら村上に来たくなるんじゃないかな」と想定して発信しています。
集落の人と触れ合い、田舎暮らしを体験できる〈長者温泉ゆとり館〉
屋村祥太(以下、屋村):〈長者温泉ゆとり館〉の屋村祥太です。そもそも築100年以上の茅葺屋根の建物が集落にありまして、空き家になる平成7年のタイミングで旧能生町の町長さんが宿にすることを決断。仕事を引退した集落の人がこの宿に勤める集落経営というかたちで営業していました。ただ、25年経って高齢化で宿の掃除や炊事をできる人も少なくなってきて、この集落と近隣集落に回覧板で宿の担い手が募集されたんです。そのときに先に糸魚川市に移住していた僕の奥さんが「私やります」と声をあげて始まったのが、〈ゆとり館〉です。
この宿には温泉がひかれていたので、隣に新しく宿泊施設と温泉施設を兼ね備えた建物をつくり、隣とつなげて長者温泉ゆとり館として運営。僕の奥さんが料理好きなので、地元の食材や僕らで耕している畑の野菜、ベニズワイガニなど能生の魚介類を使って夕食を提供しています。
〈ゆとり館〉は、集落のど真ん中にある宿です。だから、目の前に海があったり、山の絶景が見えたりするわけではないけど、その分、暮らしに密接している。日中は大工仕事している音や畑の耕運機の音、お母さんたちの井戸端会議の声が聞こえたり、目や耳で暮らしを感じられる場所なんですよね。そういうのがほかの宿にはないんじゃないかな、地元の人の暮らしに近い宿にしたいなと感じて、「“旅”を“暮らし”とデザインする」というコンセプトに辿り着きました。
ただ、「“旅”を“暮らし”とデザインする」と言っても具体的にどんなプランをつくればいいかわからない。悩んだ結果、定額制の宿泊プランを考えてみました。
暮らしに、より密接に関わってもらうには、1度じゃなくてリピートしてほしい。だからこそ、100人限定で年間3万円で12泊できるプランをつくりました。安さに注目してほしいわけではなくて、何度も通える場所にしてほしいなと思って。ご近所づき合いもできるし、「また来たんか」と地域の人とのコミュニケーションが生まれたら何よりうれしいですね。
ただ、このプランをどうやって売ろうかと考えたときに今まで通りインスタやFacebook、Twitter、チラシとかで宣伝するだけでは広がっていかないなと思って、これまでやったことがないクラウドファンディングに挑戦することを決めました。
クラファンを選んだ理由は、自分たちの想いを載せられる媒体だから。ページを見ている人も熱い想いを持った人を探しに来ている人が多いので、少数でもいいから共感してくれる、応援してくれる人に届けばと思って選びました。どの媒体が自分の想いをいちばん伝えきれるか。こうした意識で媒体を選ぶのもひとつの手段なのではないでしょうか。
地域の人が不安にならないように、先回りして関係性を構築
小林:ここからは「宿と地域の関係性」「目的地となる宿」「宿から見る地域の魅力」の3つのテーマに沿ってトークセッションをしていきたいと思います。まずは「宿と地域の関係性」ということで、それぞれの宿に泊まるとどんな地域体験ができるのでしょうか?
高橋:〈よはくや〉としては特別なプランを用意しているわけではありません。何ができるかというと、地域に暮らしている人と同じことができるといった感じでしょうか。コロナ禍になって、テレワークで働く人が宿泊してくれたことがあったのですが、午前中は仕事をしてお昼になったら近くのごはん屋さんに食べに行ったり、お弁当を買ってきたりして、村上に住む人たちと同じように過ごしていらっしゃいました。誰かにとっての日常は、別の誰かにとっての非日常だと思っていて、そんな誰かの日常を体験できるのが、〈よはくや〉での過ごし方なのかなと思っています。
屋村:〈ゆとり館〉も似ていますね。畑に一緒に行ったり、僕らが飼っている秋田犬の散歩に一緒に行ったりすることが多いです。プラン化せずに、そのときのタイミングが合えば行くっていうラフな関係がお互いの心にいちばんストレスなく過ごせるんじゃないかと思ってます。旅ではなく暮らしに近づけたいので。
小林:共通する感覚を持っているふたりですね。どちらの宿も地域に入っていくことが鍵になっていると思うのですが、住民の方とのコミュニケーションで気をつけていることはありますか?
屋村:そうですね。僕らは情報が伝わる順番を意識しています。まずは近所の人に「今度こんなことをするよ」と伝えて、隣の集落含めて回覧板を回して、反対意見が出なければ、SNSで発信するようにしています。近所の人なのに、外から情報が入ってきたときの疎外感みたいなものを感じてほしくないからです。
高橋:私の場合は、地域の人を不安にさせないように気をつけなきゃと意識していたかもしれませんね。自分の身に置き換えると、ある日突然ゲストハウスというよくわからないものができると聞いたら嫌だなと思うんです。だから、私はこういう人間で、ここで宿をやることになりましたと近所の人に挨拶をするようにしていました。
宿の収益に頼らない。“余白”がある宿の運営とは
小林:顔を合わせてのコミュニケーションは本当に大事ですよね。次のテーマは、「目的地になる宿」です。おふたりとも大手の宿泊予約サイトに登録されていないようですが。あの……、収益的に大丈夫なのでしょうか……?
屋村:売り上げを伸ばそうと思えばほかにもやりようはあると思います。でも、今は売り上げよりも時間をつくりたいと思っているので、大手サイトには載せていないですね。
高橋:私の場合は、宿業だけでなく、文章を書くライター業だったり、近隣のお店のお手伝いだったりと3〜4つの仕事を組み合わせています。売り上げをあげるには〈よはくや〉にたくさんの人に来てもらわなくてはいけません。でもそうすると居心地のいい状態を保つことが難しくなる。だからこそ、収益の柱を分けて、宿業で切迫する状況を避けるようにしています。
小林:紹介制にしたり、クラファンに出したことで、前後の変化はどんなものがあったのでしょうか?
屋村:狙い通り、30〜40代の客層が増えました。以前は60〜80代の方が多かったのですが、今はファミリー層の方もたくさん来てくれるようになりましたね
高橋:すごく簡単に言ったら、〈よはくや〉を気に入ってくれそうだなという方が増えました。お客さんをお迎えするのってすごくそわそわするんですよ。ゲストハウスなので、来た方同士の相性とかまで気にしてしまって。でも紹介制にすると紹介してくれた人が泊まる方の情報を事前に教えてくれたりするので、「じゃあ、あそこ紹介しよう」とか、「この人のところに連れていってあげよう」とか、お互いの満足度があがっているのかなと思います。
オンラインとリアルのかけ合わせから、地域で生まれた新たな輪
小林:ここからは「宿から見る地域の魅力」という最後のテーマに移っていければと思います。泊まってくれた方が宿泊体験などをSNSで発信することは多いのでしょうか?
高橋:パッと思いつくのはふたつ。ひとつは、Twitterでフォロワーさんの多い方が〈よはくや〉をおすすめしてくれて、その方のフォロワーさんが来てくださったことがありました。私が発信するよりも、第三者の視点で発信してくださったほうが、信頼されるのかもと思った出来事でした。もうひとつは、あるオンラインイベントの2次会で近所のバーに移動してマスターに登場してもらってお話したことがあったんです。それを見た方が後日、そのバーを訪れて、その話をまさに〈よはくや〉のリビングでnoteに書いてくださったんです。それをバーのマスターのところに印刷して持っていったら、常連さんに見せて回っていて。オンラインとリアルってこんなふうにつながるんだと思いました。
小林:ここからはお互いに質問をしてもらえたらと思いまして。どちらからいきますか?
屋村:じゃあ、僕から。〈よはくや〉さんのコンセプトにすごく共感しました。どんな経緯でそのコンセプトに行き着いたのでしょうか?
高橋:いろいろとあるのですが、まず、私自身が何か秀でた技があるわけではないんですよね。でも周りを見渡せば何か持っている人がたくさんいる。じゃあ、余白を用意すれば、そこで遊んでもらえるかなと思って。あとは、宿業を始める前にいろんなゲストハウスに行ったのですが、オーナーさんに魅力がある宿も多い。でも、私はこうはできないなと思ったので、じゃあ余白をつくろうと思って辿り着きました。
小林:そこに気づけるか気づけないかって大きな差ですよね。逆に高橋さんからはありますか?
高橋:暮らしを大切にする宿って素敵だなと思ったのですが、外に出たい人もいれば、宿でゆっくりしたい方もいるわけで。立ち回りなどで気をつけていることなどはありますか?
屋村:基本はお客さまの主観を大切にしています。僕らとして「こう過ごしてほしい」はあるけど、実際どう過ごすかはお客さま次第。会話をするなかでお客さまの求めていることを感じ取って、接するようにしています。
小林:宿のオーナーならではの質問ですね。お話をずっと聞いていきたいのですが、そろそろ時間が……。今日はこのあたりで締めたいと思います。おふたりとも、ありがとうございました。
次回は、「新たな場所づくり」がテーマ!
9月から始まったオンラインセミナーですが、なんと次回でラスト。最終回である第5回は「新たな場所づくり」をテーマに、11月26日(金)にオンラインとリアル併催予定です。
誰かと集まり、交流できる“場”の重要性はコロナ禍においてどんどん増していったのではないでしょうか。その拠点となる“場”をどうやってつくるのか、どうしたらいい化学反応が生まれるのか。〈合同会社アレコレ〉の迫一成さんと、〈踊り場〉の金澤李花子さんに自身の経験を交えてお話いただきます。
また、希望者には「県民ライター」として記事作成体験ワークを用意。『新潟のつかいかた』『新潟コメジルシプロジェクト』を運営するコロカルのチーフ編集者が指導に入り、記事制作をサポートします。興味のある方はぜひご参加ください。(※「県民ライター」への参加は県民限定です)
Information
地元をオモシロくする10人の発信力
第5回「新たな場所づくり」(オンラインとリアルの併催)
日時:2021年11月26日(金)20:00〜21:30
場所:新潟県新潟市内 上古町商店街「まちのちいさな複合施設SAN 」2階
※現地でのリアル開催は、限定15名(先着順)となります。
※飲食を伴わない、アフタートークの実施あり。
トークセッション登壇者:〈合同会社アレコレ〉代表の迫一成さん、〈踊り場〉の金澤李花子さん
ファシリテーター:小林紘大さん
申し込み:Peatixサイト https://peatix.com/event/2750594/view
text:長谷川円香