かつて国内最大規模の花街として栄えた、新潟・古町(ふるまち)。料亭文化が根づくこのまちに、ひときわ異彩を放つお店があると聞き、新潟県出身の料理家・坂田阿希子さんが訪れました。〈とりやきoniya(おにや)※以下oniya〉です。
自ら鶏を育て提供する唯一無二のとりやき
“やきとり”ではなく“とりやき”。その理由をオーナーシェフの鬼嶋大之さんは「串に刺さないからですよ」と話します。
鬼嶋さんは自ら経営する養鶏場を持ち、鶏の飼育から調理までを担う類い稀なお店。自身が鶏の一番おいしいタイミングを見極め出荷し、ほぼすべての部位を、串焼き、七輪焼き、すき焼きなどで余すところなく食べることができます。
oniyaで出てくるのは、〈名古屋種〉や〈比内鶏〉をはじめとした地鶏や、フランス原産の純粋黒鶏〈プレノワール〉。通常60~70日で出荷されるところ、鬼嶋さんの養鶏場では180日間以上かけてじっくり育てられています。筋肉の弾力、脂質の高さがベストな新鮮な鶏だからこそ、oniyaではあらゆる部位を食べることができるのです。
「料理はどうやって学んだんですか」と坂田さんが聞くと、「実は見様見真似の蓄積なんです」と鬼嶋さんがさらり。
「子どもの頃に自分でとってきたうなぎをさばいたり、近くの養鶏場で鶏が締められ、出荷されていく様子を見ていたり。包丁さばきは自然に覚えました。『こんな風に包丁を動かしたら、おいしく食べられるようになるんだな』と試行錯誤してきたことを実践で磨いていきました」(鬼嶋さん)
正確で迷いのない包丁さばきに「本当にきれいに切りますね」と坂田さんも感嘆。一生懸命、育てたからこそ一切の無駄なくすべてを提供したいという、鬼嶋さんの鶏への愛が感じられます。
まずいただいたのは、新潟漆器に盛りつけられた、予約制の「鶏刺し盛り合わせ」(2400円〜)。
白子もとりみそも「初めて食べます」と興味津々の坂田さん。白子を口に入れた途端「濃厚なスープがとろけ出てくるみたい」と、口いっぱいに広がった甘みに声を上げます。
さまざまな部位の異なるおいしさに、思わず「命をいただくことに、あらためて感謝します」と坂田さんもつぶやきます。
希少なシャポンの味わいに舌鼓
oniyaが全国的にも唯一無二な存在である所以。それは希少な「シャポン」を食べられるところにあります。シャポンとは、オス鶏をヒナのうちに去勢して育てた鶏の総称です。高い去勢技術が必要なうえにコストがかかるため、国内ではほとんど生産されていないといいます。
「オス鶏は、成長して男性ホルモンが出てくると筋肉質で肉がかたくなっていきます。去勢することで、オスが持つ筋肉の弾力はそのままに、メス鶏のやわらかさや脂質の高さが加わり、シャポンにしかない味わいが出てくるんです」(鬼嶋さん)
メニューにはシャポンのほかに、「シャポン成らず」(去勢後、わずかに残っていた精巣の細胞が再生した未完成なシャポンのこと)や、オス鶏、メス鶏のとり焼きがあり、食べ比べもできます。
まずは、「プレノワールのオスのとり焼き」(980円)からいただきます。「噛めば噛むほど鶏肉の甘みがじゅわ~と出てくる!」と坂田さん。オスは筋線維がしっかりしているため、弾力があるそう。
今度はメス鶏。オス鶏に比べるとやわらかく脂質が高いのが特徴です。「鶏特有の生臭さが一切ない。食べ終わったあとも脂の甘みが残るほど滋味深い~」と笑みをこぼします。オス鶏、メス鶏どちらも、皮の香ばしさ、肉のやわらかさともに「今までの鶏肉とは全然違う」と坂田さんはいいます。
しかし、シャポンにはまたそれらとはまったく異なる味わいがあります。
シャポンのもも肉もやわらかさと弾力のバランスが絶妙。「肉質がぎゅっと詰まっていながら、しなやかな食感です。脂のとろみもたっぷりありつつ皮はぱりっとしていてたまりません」とうなる坂田さん。「鬼嶋さん自身が味に惚れ込んで、シャポンの飼育を始めたというのがよくわかります!」と興奮を隠しきれません。
鶏の骨の髄まで味わい尽くす
とり刺し、とり焼き以外にも、ぜひ味わいたいのが「鶏すき」です。卵は養鶏場でとれたばかりの地鶏の有精卵を使用。淡くやわらかい黄色が、卵の自然な色合いなのだといいます。まろやかで濃密なとろみも特徴的で、黄身と白身を溶きほぐすのに時間がかかります。
鶏すきを存分に味わったあとは、土鍋で炊いた阿賀野市の契約農家さんが育てたコシヒカリの卵かけご飯が待っています。シャポンや野菜の旨みが溶け出たすき焼きのタレをかけ、とろとろふわふわの絶品〆ご飯の完成です。
極めつけに、お客様が「この一杯のためにまた来たい」と絶賛するのが、鶏ガラ出汁のスープでつくった「鶏そば」(650円)。鬼嶋さんが180日間以上かけてじっくり育てた鶏は、骨までしっかりかたくどんなに煮込んでも崩れることがないそう。濃厚な旨みを出しながらも、さっぱりとした後味はoniyaでしか出せないでしょう。
まさに骨の髄まで味わい尽くすとはこのことではないでしょうか。鬼嶋さんが「捨てる部位はほぼないです」と言い切るのも、自ら鶏を育て提供しているからに他なりません。
食事を終え、「これからはもう、普通の鶏肉が食べられなくなっちゃう……」とつぶやく坂田さん。これほどの滋味深い鶏はいったいどんな環境で生まれ育っているのか。わざわざ足を運ぶ価値のある味わいの裏側にあるつくり手のストーリーとは?
鬼嶋さんの養鶏場に足を運び、こだわりの育て方を見せていただくことにしました。
Information
Profile 坂田阿希子
新潟県生まれ。料理家。〈洋食 KUCHIBUE〉店主。料理教室〈studio SPOON〉を主宰。フランス菓子店や、フランス料理店での経験を重ね、独立。本格的な洋風料理から、手軽にできる家庭料理まで幅広いレパートリーをもつ。雑誌や書籍、テレビなどで活躍中。
credit text:田中瑠子 photo:ただ(ゆかい)