新潟のつかいかた

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料理家・坂田阿希子さんが巡る、
新潟「食」の旅
「180日間かけて育て、
感謝していただく。
〈とりやきoniya〉の
養鶏にかける思い」 Posted | 2020/03/20

「あのおいしい鶏たちが育つ養鶏場をぜひ見に行きたい」と坂田さんが訪れたのは、〈とりやきoniya(以下、oniya)〉の自社直営養鶏場。「お客様に本当の鶏のおいしさを味わっていただきたい」という一心で、オーナーの鬼嶋大之さんが、飼育から食肉加工までを手がけている場所です。

お店で提供する鶏を自分で育てようと思ったわけ

oniyaがオープンしたのは2013年。養鶏場を始めたのはその前年でした。「自分にしか出せない料理は何か」を考えてたどり着いたのが、お店のためだけに養鶏場を持つことだったといいます。

とりやきoniyaの養鶏場
新発田市 旧紫雲寺町の実家近くに養鶏場をつくり、〈名古屋種〉、フランス原産の黒鶏〈プレノワール〉、七面鳥、ホロホロ鶏、烏骨鶏、比内鶏を育てている。
鬼嶋さんの話を聞く坂田さん
料理店で提供するためだけに養鶏場を持つ鬼嶋さん。全国的にも類を見ない存在です。

「養鶏の知識は一切なかった」という鬼嶋さんは当時、和食店を経営していました。ただ、最初のキャリアは東京でバーなどの飲食店、料理の修業をしたわけでもありませんでした。30歳を機に地元・新潟に戻り、まず始めたのはラーメン居酒屋店。もっと自分らしい店をやりたいと、2年後に創作和食店をオープンしたそうです。

自分で育てた鶏をお客様に食べてもらいたいと思ったのは、鬼嶋さん自身が焼き鳥好きで、「もっとおいしい鶏肉をつくれるんじゃないか」という探究心を抑えられなかったからだとか。
「休日のたびにいろんな焼き鳥屋を食べ歩き、理想が高まるうちに、自分で最高の味を追求しようと思ったんです」(鬼嶋さん)

ホロホロ鶏
首がすっと伸びて美しいホロホロ鶏。
七面鳥
体の大きな七面鳥。

養鶏場経営へ動き出したのは、「県内外からもっと多くのお客様に来ていただくためには、このお店にしかない引きが必要だ」という思いもあったといいます。

「新潟のお米やお酒、野菜はほかのお店でも食べられるし、魚は漁場が同じなので自分の腕では差別化が難しい。豚や牛は軌道に乗るまでに時間がかかる。いろんな選択肢を考えていった結果、『養鶏ならばチャレンジできるかもしれない』という思いに至りました」(鬼嶋さん)

養鶏場内を案内してもらう
養鶏場特有の匂いが一切しない。

「養鶏家さんに話を聞きに行くと『もっとこうすればおいしくなることはわかっていても採算が合わないから難しい』、『個体差を見て数羽ずつ出荷するのは理想だけど、コストがかかって難しい』と口をそろえます。どうすればおいしくなるかはわかっていても、それをやろうとする養鶏場はない。答えが見えているのだから、やってみる価値はある! と思いました」(鬼嶋さん)

行動力にあふれた鬼嶋さんのエピソードに、坂田さんも驚きの表情で聞き入ります。

鬼嶋流、おいしい鶏肉の育て方

鬼嶋さんの養鶏場では、出荷までにかかる飼育期間は約180日間。60~70日間が相場といわれるなか、約3倍の歳月をかけて育てています。

談笑中の鬼嶋さんと坂田さん
「3倍の手間ひま、コストをかけ、どう育てているの」と坂田さんも興味津々。

「60日間で出荷するには、効率よく太らせる栄養価の高い配合飼料を与え、日照を入れずに薄暗い室内で育てることで運動量を減らす必要があります。でも、うちの養鶏場には窓があり、のびのび動き回っています。ゆっくりと大きくなることで、しなやかで弾力のある筋肉がつく。食べたときの歯ごたえが全然変わってくるんです」(鬼嶋さん)

プレノワールのシャポン
「プレノワールのシャポンの黒い羽はつやがあってキレイ! 自由に動き回り、のびのび過ごしているのがわかりますね」(坂田さん)

また、鶏の肉質を決める重要な要素のひとつがエサです。鬼嶋さんが与えているのは、もみつきの飼料用米と古米やくず米、おからと米ぬかなどを混ぜ発酵させたエサ。古米や米ぬかは農家さんが廃棄するものをいただき、おからもまた豆腐屋さんが廃棄する前のものを無料でいただいているそう。新潟の食材を余すところなく循環させたいという、鬼嶋さんの思いが感じられます。

「消化がよすぎるエサは、砂肝を弱らせる」と話す鬼嶋さんに、「私たちにも当てはまって身につまされますね」と坂田さん。

養鶏に使われる餌
パンのような香りがするエサ。

おからのエサの匂いを嗅いで「おいしそうな匂い」と坂田さんがひと言。oniyaで食べた鶏や卵に、鶏特有の生臭さがなかったのは、このエサにも秘密があるといいます。

「日本の養鶏では代々、たんぱく質を補うために魚粉が使われてきました。でも、フランスやヨーロッパで食べたとき、日本の鶏の匂いはもしかして魚粉と関係があるのではないかと思ったんです。ほかの飼料に変えたところ、口に入れたときの違和感がなくなり、魚粉はひな鳥以外に一切与えなくなりました」(鬼嶋さん)

一度、乾燥した“粉”だからいけないのかと、お寿司屋さんから廃棄直前の魚の粗を大量にもらって与えた時期もあったといいます。
「すぐに生臭さが出てきて、すぐにやめました。やってみて即座に変化がわかるのも、養鶏のおもしろさですね」(鬼嶋さん)

畑のたい肥
養鶏場で出る生ごみはすべて鶏のエサになり、最終的に畑のたい肥になる。

「何も無駄にせず循環させる。自分の手がける範疇で循環させる姿勢は真似したくてもなかなか真似できることではありません」(坂田さん)

究極の鶏肉を目指して

そして鬼嶋流、養鶏の最大のポイントはシャポンを育てていることです。オス鶏をヒナのうちに去勢して育てた鶏のことをシャポンと呼びますが、しばらく育ててみないと去勢が成功しているかはわからないといいます。

「高い去勢技術が必要で、少しでも精巣細胞が残っていると、それが増殖してオスとして成長してしまうんです。去勢の成功率は私で40%。これでも高いほうなんですが、まだまだ成長の余地はありますね」(鬼嶋さん)

シャポンとして育つと、オスより丸くて大きくなり、脂がのって肉質もやわらかく変わります。オス特有の野生っぽい匂いも出てこなくなるそう。

シャポンを触る坂田さん
「下腹の部分がぷよぷよしていてやわらかい~」とシャポンを触る坂田さん。オスとメスのいいとこどりがシャポンの特徴です。

そして“最高においしい状態”でお客様に食べてもらうために、1羽ずつ肉のつき方を確認して出荷のタイミングを決めているという鬼嶋さん。そこまで丁寧に見極められるのは、「料理のために育てる」というスタンスがぶれないからです。

トサカが立派なオス鶏
オス鶏の出荷のタイミングを決めるのは「コケコッコー」という雄叫び。鳴く練習を始めたということは、ホルモンの影響が出始めたという証。すぐさま出荷される。
オス鶏を抱える鬼嶋さん
取材中に「コケコッコー!」と鳴いたために、出荷用のケージに移動させられるオス鶏。「ああ……鳴いてしまった」と坂田さんも切ない表情を浮かべます。
ケージの中の鶏
出荷前にはケージに入れられ、衛生管理のために前日から絶食させられる。

「『もっとおいしくなるはずだ』と探究を重ねた一品を、目の前で食べていただきたい。鶏の本当のおいしさを知っていただきたいんです」(鬼嶋さん)

そこには、新潟に“食べに来て”ほしいという鬼嶋さんの強い思いがありました。

枯れない探究心

「養鶏の知識や経験がゼロの状態から、ここまで育ててきたのは本当にすごい」と感嘆する坂田さん。いったいどうやって知識をつけてきたのかと聞くと、「基本的には、毎日が試行錯誤」と鬼嶋さんは笑います。

「もともと、既成概念を疑って考えるタイプで『今までこうやってきたから』と説明されても、根拠がわからないと素直に従えない。どうしてやるの? 本当に必要なの? ほかにもっといい方法があるんじゃないの? と試してみないと気が済まなくなるんです(笑)」(鬼嶋さん)

坂田さんと鬼嶋さんが談笑中

本場・フランスの養鶏場のやり方を学ぼうと、一流産地のブレス地方の養鶏場へ行ったり、フランス各地の養鶏場へ飛び込みで行ったことも数知れず。「日本から来た」というと、養鶏家たちはみな驚いて、いろいろな企業秘密も自慢げに教えてくれるといいます。そこで得た知識は即取り入れ、味の変化を見てまた改善する。その繰り返しは今も続いているそうです。

「いまだに、自分の仕事に納得できたことはない」と話す鬼嶋さん。もっとおいしい鶏ができるんじゃないか、という探究心は枯れることがなく、今後はさらなる養鶏場拡大を考え動き始めているそう。

「これからもここでしか味わえないものを追求していきますよ。お楽しみに」と話す鬼嶋さんに対し、
「まさに鬼嶋さんにしかつくれない味。3年後に訪れたら、あっと驚く養鶏場で新しい飼育法に挑戦していそうですね。私も私にしかつくれない味を追求します」と話す坂田さん。

また必ず訪れ、鬼嶋さんの進化に触れたい。そう思わされる旅となりました。そして、oniyaで食べた鶏肉の、衝撃の味を再び噛みしめました。

坂田阿希子さん

Profile 坂田阿希子

新潟県生まれ。料理家。〈洋食 KUCHIBUE〉店主。料理教室〈studio SPOON〉を主宰。フランス菓子店や、フランス料理店での経験を重ね、独立。本格的な洋風料理から、手軽にできる家庭料理まで幅広いレパートリーをもつ。雑誌や書籍、テレビなどで活躍中。

credit text:田中瑠子 photo:ただ(ゆかい)