40年間、愛され続ける憩いの場
車で走ること約1時間。長岡市内を抜けて、自然豊かな小高い丘に登った先に打ち放しコンクリートの建物が見えてきました。ここは1980年に前川國男が設計した〈長岡ロングライフセンター〉。地域の高齢者が集い、体育館で体を動かしたり、大広間で囲碁を楽しんだりと、健康的なレクリエーションの場としてつくられた施設です。
「前川國男ファンでも、ここまで来る人はなかなかいないですよね!」と楽しげな山田さん。前川の作品集でも大きく取り上げられることはない建築なので、果たして“らしさ”がわかるのか? と心配していたのですが、建築に近づくとそんな不安は吹き飛びました。
どっしりとした打ち放しコンクリートの外壁には、〈新潟市美術館〉の窓と同じように、”前川モジュール“による桟の縦横比が美しいサッシがはまっています。
その窓の上には、かまぼこのようなアーチ型の窪みが。これも〈新潟市美術館〉の窓とそっくりなデザインです。
「新潟市美術館で予習をしてきて正解でしたね!」と山田さん。〈長岡ロングライフセンター〉が設計されたのは〈新潟市美術館〉ができる5年前。前川はこの建築を手がけながら、新潟の風土に適した建築のあり方を探っていったのかもしれません。
「ここでもアールは健在ですねぇ」。山田さんの言葉で大広間の天井に目をやると、角が丸くなっています。〈新潟市美術館〉の星野さんは、アールをつけた空間は人を包み込むような居心地の良さがあると教えてくれました。前川が大広間に込めた思いが伝わってくるようです。
「窓や障子の桟の縦横比、至るところに見つかるアールの処理、それに差し色の遊び方も、やっぱり前川さんならではですよね」。はるばる来てよかったと満足げな山田さん。前川建築を見る目がさらに鍛えられたところで、長岡市にあるもうひとつの作品を訪ねることにしました。
“前川節”が炸裂したモダンな体育館
〈長岡ロングライフセンター〉から車で20分。見えてきたのは、大きな帽子を被ったような外観の市民体育館です。ここ〈長岡市北部体育館〉は1984年に完成。前川が〈新潟市美術館〉と同時期に手がけた作品です。
館内にはどこか懐かしい空気が漂います。「いいねぇ」とつぶやく山田さん。もう、ひとつひとつ指摘しなくても、空間が放つ空気から前川らしさが伝わってくるかのようです。
2階の客席はプライウッド(形成合板)で、使い込まれて深い艶が生まれています。プラスチックではないところに前川のこだわりを感じます。
外に出て外観をじっくり眺めてみることにしました。すると「あ!」と山田さん。指差した窓の上にはまた丸い窪みがあります。
さらに山田さんはエントランスの設計に、この土地の伝統建築から着想した工夫があるような気がすると話してくれました。
「新潟の豪雪地域の建物には、昔から“雁木(がんぎ)”と呼ばれる雪よけがありますよね。建物から長く張り出した庇(ひさし)を柱で支えて、その下を人が往来できるようにした一種のアーケードで、雪国の知恵。もしかしたらあのエントランスの大きな庇は、雁木をイメージしたんじゃないかな」
そう山田さんに教えてもらってからエントランスを振り返ると、確かに大きな庇が突き出ています。それを支える5本の柱。庇の下には、たっぷりとした空間が取られています。「前川さんは、ここでも“新潟らしさ”ということを考えて設計なさったんだと思いますよ」
3つの前川作品を巡ることで見えてきた共通点とそれぞれの建築にしかない個性。山田さんの鋭い指摘も相まって、一歩踏み込んだ建築旅となりました。最後は現代建築の巨匠、伊東豊雄が手がけた公共建築へ。ここにもまた新潟の人々と建築の幸せな関係がありました。