伊東豊雄らしいシンボリックな屋根
〈長岡市北部体育館〉から車で10分。あっという間に到着した〈長岡リリックホール〉は青々とした芝生に立つ、低く横に長い市民ホールです。伸びやかな曲線を描く屋根は前川建築と対照的。「柱がまっすぐ等間隔に並んでいないところが伊東豊雄さんらしいですね」とさっそく山田さんが解説してくれます。
まるで点在する木々のように、リズミカルに並ぶ細く白い柱。前川建築のどっしりとしたコンクリートの柱からするとふわりと軽やかで、これだけ巨大なホールなのに重々しい雰囲気がありません。
伊東はどうしても大きくなってしまうふたつのホール部分をいかに巨大に見せないかに苦心しました。450席あるシアターは四角い箱のようなシルエットに、700席のコンサートホールは円柱のような楕円形にし、積み木のように並べたそれらを低い屋根でつないでいます。
「このベンチの有機的な曲線も、いかにもですね」と山田さん。ランダムに柱が並ぶエントランスホールに伊東がデザインしたクネクネと曲がったユニークなベンチが置かれています。
主に演劇のために使われるシアターと、本格的な音響設備を備えたコンサートホール。ふたつの空間を見学した山田さんは「こんなすばらしいホールを日常的に使えるなんて、長岡市の人は贅沢だなぁ!」とうらやましそう。充実した設備が整った〈長岡リリックホール〉ですが、驚くのはそれを市民がしっかりと使いこなしているところ。なんと稼働率は7割以上だそうで、文化好きの市民が自分たちの活動の場として、建築を使いこなしていることがわかります。
「この音楽練習室も、市民なら安く使えるんですよね? うわ、このギターアンプ、音がよくなるように改造されてるじゃないですか! 僕が長岡市に住んでいたら毎週、通っちゃいますよ」と山田さん。長岡市の成熟した公共施設のあり方に驚きを隠せないのでした。
夜は古民家を改装したレストランへ。
長岡市から新潟市へ戻った山田さんは、新潟の食材がふんだんに味わえると人気のイタリアンレストラン〈armonia〉へ。ここもまた空間が魅力的なレストランで、築100年余りの民家をリノベーションしているといいます。足を伸ばし、座敷でいただくイタリアン。2日間の旅を終え、山田さんもリラックスした様子です。
〈armonia〉のシェフ真保元成さんが選ぶ食材は基本的にすべて新潟県産。そして、できるだけオーガニックなものを味わってほしいと言います。今宵のメニューは佐渡のワラサや、力強い味わいの鹿のモモ肉。「魚はこの漁師さんから、この野菜はこの農家さんから、と信頼している人が決まっているんです」と真保さん。新潟の魅力は人から人へ手渡され、ここでは“料理”となって訪れた人を楽しませてくれます。
新潟の味を楽しみながら、建築旅を振り返った山田さん。「前川國男については好きというだけで特に詳しくはありませんでしたが、今回、新潟にある3作品をまとめて見ることで、一気に理解が深まった気がします」。そう聞いて、前川建築のさまざまなディテールが思い出されます。タイル、アール、配色、比率……。この旅で知った建築を楽しむ視点は、これからさまざまな建築を訪れるときにも生かせそうです。
そして山田さんはこうも話してくれました。「モダニズムはローカリズムの対極にあると思われがちですが、前川國男は新潟の風土や伝統をきちんと踏まえた設計をしていました。それも単に見た目を“新潟っぽく”するのではなく、環境との関係性においてローカリズムを表現している。たとえば新潟市美術館では、土地の形状を生かしたり、“柳都”時代の景観を再現した公園と視覚的に連続させることで、新潟のあの場所でしか成立しないローカルなモダニズム建築をつくりあげています。やはり建築というのは、それぞれの土地に根ざすことで初めて生きてくる“場所の芸術”なんですね。あらためて教えられました」
“土地に根ざしていない建築はない”。それは、私たちが自ら動いて旅をする理由でもあります。写真だけでは伝わらない空間の伸びやかさや、つぶさに見ないと気づかない些細なディテール。その土地の風土から導かれたさまざまな工夫。どんな建築にも、建築家が捉えた「新潟」が何かしらのかたちで表れている。そんなことに気づかされる旅でした。
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Profile 山田五郎
1958年東京都生まれ。上智大学文学部在学中にオーストリア・ザルツブルク大学に1年間遊学し、西洋美術史を学ぶ。卒業後、講談社入社。『Hot-Dog PRESS』編集長、総合編纂局担当部長等を経てフリーに。時計、西洋美術、まちづくりなど幅広い分野で執筆活動や講演を続ける。主な出演テレビ番組に「出没! アド街ック天国」「ぶらぶら美術・博物館」、レギュラーラジオ番組に「山田五郎と中川翔子の『リミックスZ』」がある。
credit text:内田有佳 photo:ただ(ゆかい)