匠としての信念
ご両親から学んだこと、これだけは引き継いでいきたいと思うことは? そんな質問を投げかけると、裕美さんからはこんな答えが返ってきました。
「ウソをつかない仕事というか……。やっぱり手にとっていただく方に喜んでもらえるように、心をこめてつくって、お渡しする。それは両親から学んだことでもあり、私の信念でもあります」
その信念は、扱う材料や原料にも表れ―― 乾かすのに時間がかかり、手間もかかる本漆を使用し、代用金粉と比較すれば20~30倍もの値のする純金粉を使用しているそう。
今の時代、速乾性のある代用漆、価格の安い代用金粉もあるのに、ホンモノにこだわるのはなぜ?
「昔からずっとこれでやってきたので、そこだけは絶対に変えたくないですね。正直なところ、本漆や本粉を使うとお金は出ていくいっぽうなんですが(笑)、利益ばかり追求するお仕事にはしたくないなぁというのもあって……」
控えめに語る裕美さんですが、効率、コスト減、利益を求める風潮にある現代において、費用も手間もかかる古来のやり方を一貫するのは、手がけた品々を手にする人の喜びを常に意識においているから。
匠の手“共通”インタビュー
「至極の作品は、誰に一番に見せたい?」
この先、自分でも納得がいくような最高の作品ができたとしたら。一番に報告したいと思う人には、きっと匠にとって特別な“なにか”があるはず。裕美さんからはこんな答えが。
「小学6年生の娘がいるのですが、彼女も絵が大好きで。私の蒔絵が仕上がると、まずは娘に『ちょっと見てくれない?』って見せているんです。どの辺りが好きか尋ねると、私が一番気に入っている場所を指して『ここのグラデーション、いいねえ!』って。なんだか不思議なんですけど。……だから、やっぱりまず娘に見せるような気がします。息子にも見せるんですが、あんまり反応がなくて(笑)」
母の仕事をみては盗み、自身の絵に反映させたりしているという娘さん。あまりにも成長が早くて、「もうすぐ追いこされそう!」と裕美さんは笑います。
さまざまな理由をもって、神仏をたよる思想は時代とともに失われつつあります。その影響は、仏壇店にも大きく及ぶこと。
それでも、自身が持つ技術を新しいかたちに変え、ポジティブに、自分が楽しみながら伝統を継承していこうとする裕美さん。その眼の強い輝きが、彼女の決意や思いを表しているような気がしました。
「これからも家族と協力して、アイデアを出し合いながらいろんな物をつくっていければいいなって。なんでも挑戦していきたいので、描いてほしいという依頼があれば、時間はかかるけれど、どんどんチャレンジしていきたいと思っています」
匠の作品の購入は〈林仏壇店〉で!
佐藤裕美さんが手がけた作品は、林仏壇店で購入が可能です。ただし、人気商品につき品薄が続くため、お求めの際は事前の問い合わせをおすすめします。
Profile 佐藤裕美(さとうひろみ)さん
蒔絵部門・伝統工芸士。林仏壇店の長女として生まれ、6代目の継承者。専門学校でデザインを専攻。仏壇の蒔絵を始め、さまざまな分野の装飾を手がける。イラストレーターとしても活動中。子どもの手形を用いた「手形アート」や、大人も子どもも楽しめる蒔絵体験などのワークショップも開催。
Information
credit text:林貴代子 photo:在本彌生