【匠】〈村上木彫堆朱〉彫師・川上健さん
しっとりと、すべらかな漆をまとい、緻密な彫刻が朱の地に影をおとす、風雅な新潟の工芸品〈村上木彫堆朱(むらかみきぼりついしゅ)〉。国指定の伝統的工芸品に登録されており、神奈川の鎌倉彫、富山の高岡漆器と並んで、木彫漆器の産地として知られています。
古くは城下町として栄えた村上市。良質な漆の一大産地でもありました。寛文年間(約320年前)には漆奉行が設置されるほど栽培が盛んで、現在も漆を祀った日本で唯一の「漆山神社」が山間の集落に鎮座しているのだとか。
村上木彫堆朱は、村上藩士・頓宮次郎兵衛が江戸詰めの際、堆朱や彫刻を学び持ち帰ったのがはじまりとされています。その後、同藩の名工・有磯周斎が今日の村上木彫堆朱の基盤を確立させ、藩士の手内職として広まったのだとか。
“武士からスタートした工芸品”というのが、なんだかおもしろい!
彫り一筋50年の匠
江戸時代からの技術を受け継ぐ、伝統工芸士の川上健さん。16歳のときに美術教師から勧められ堆朱の世界へ。彫師として約50年、堆朱に向き合ってきた匠です。
「もともと手仕事が好きだったんです。当時は引き出物などで堆朱がいっぱい出まわっていて、普段からこういったものを目にしていたんですよ。これだったらおもしろそうだなと思って」
かつて堆朱の制作と販売を行っていた「村上特産」に彫師として10年間在籍し、研鑽を積んだ川上さん。独立後は、村上堆朱事業協同組合のメンバーとして、堆朱の後継者事業にも尽力しています。
村上の堆朱は、天然木を加工して木地をつくる「木地師」、木地に絵柄を描き、彫りを行う「彫師」、彫りの入った木地に漆を施す「塗師」の3分業制。川上さんは彫師にあたりますが、この3つのなかで彫りを選んだのはなぜ?
「最初は彫りのほうが入りやすかったというか。絵を描いて、彫って、ひとつの形にしやすいので、やっぱり楽しみがあるんですよね。本当は彫りも塗りも両方できればよかったんですけど、どちらか突き詰めていかないと、仕事としてはやっぱり難しいです」
もとを辿れば中国の工芸品である堆朱。幾層にも重ねた漆に彫刻を施すのが本来の堆朱ですが、村上“木彫”堆朱はその名の通り、木彫りを施したあとに漆を重ねます。彫りが緻密な分、塗りにも相当な技術が必要なのだとか。
「彫りに漆が流れないよう、かたい漆を使用するのが村上の特徴ですね。彫りもそうだけれど、塗りにはかなり技術が必要で。塗師さんは手間がかかっていますね」