【匠】〈十日町明石ちぢみ〉児玉 浩さん
極薄の夏織物・十日町明石ちぢみを制作する、製織部門の伝統工芸士・児玉 浩さん。高校卒業後、同市内の機屋に就職。そこで製織の技術を身につけたといいます。現在は〈吉澤織物〉に勤務し、明石ちぢみの制作と発展に取り組む匠です。
「明石ちぢみの職人も少ないです。十日町で10人もいないんじゃないかと。糸づくりがすごく難しくて、全工程で人手のかかる商品なので、だんだんつくれる人が少なくなってきていますね」
数ある織物のなかでも、特に細い絹糸を用いる明石ちぢみ。繭の最初と最後の糸は使わず、真ん中の不純物の少ない糸のみを使用するという、贅を極めた織物です。
また通常の織物の場合、1200本程度の経糸(たていと)を使用するところ、明石ちぢみでは倍近い2246本の糸を使用。それだけ繊細な作業が求められ、1反を織るには全工程で約2、3か月かかるそう。
「職人になりたての頃は、“機結び(はたむすび)”という、絶対に解けない糸の結び方を習得するんですが、これが一番難しいですね。とにかくまずは糸に慣れて、糸と仲良くなる必要があります」
糸の性質を知り、やさしさを持って接しなければ、切れたり、絡まったりするのもわかるような気がします……。一瞬の気のゆるみですら、とり返しのつかない事態を招きかねません。
ところで、明石ちぢみの製織技術を身につけるには、どれくらいの修業期間が必要なのでしょうか?
「最低でも10年はかかりますね。3年くらいすると何とかわかるようにはなるんですけど、織りの作業だけできるのでは駄目で。前工程、後工程、すべての流れを習得しないと難しいですね」
十日町絣と同様に、先染めした糸の色柄を合わせて織っていく明石ちぢみ。織機にセットする前にこそ多くの工程が。糸の数が多い分、その作業は困難を極めます。とにかく同じ作業を、何度も何度も繰り返すことが大事、と児玉さん。
技術者を育てる使命も担う、吉澤織物
児玉さんが勤務する吉澤織物は、十日町のなかでも老舗の着物メーカー。江戸時代中期から代々織物に携わった家柄で、以来260余年といわれています。染色、製織、デザイナーと、各分野の匠を抱え、十日町の伝統継承を担う会社でもあります。
人材育成にも力を入れており、長岡造形大学の生徒や、職人志望者を受け入れ、専門的な技術を示教しているのだとか。2017年には明石ちぢみの部門で、30代前半の若い伝統工芸士を生み出しました。
「親子くらい歳が離れていますけど、期待していますね。今織っている明石ちぢみも、30代の男性デザイナーが手がけた柄なんです。若手がいろんなセンスで柄をつくったり、配色したりして、それに基づいて我々も一生懸命やっていきたいですね」と児玉さん。
匠の手“共通”インタビュー
「至極の作品は、誰に一番に見せたい?」
「私の織りを気に入って買ってくださった大事なお客さまに見せたいですね。洋服みたいに20~30分で決められるものではないですし、私の技術を信用して買っていただいている部分があるので。そういった方が一番喜んでくださると思っています」
今後も技術を向上させ、ほかの産地との差別化を図っていきたいという児玉さん。まだまだ取り組みがいがあると語る明石ちぢみが、若手の感性も加わり、どのように進化し、伝承されていくのか、期待が高まります。
今回取材した機織りの前段階にあたる、色柄を合わせる作業風景をムービーで公開中。
Profile 児玉 浩(こだまひろし)さん
新潟県十日町市生まれ。平成8年より現在の仕事に従事し、平成22年度に伝統工芸士認定。
Information
credit text:林貴代子 photo:大畑陽子