16の豪農の館が連なるモダンな温泉宿〈ryugon〉
今回一行が宿泊した〈ryugon〉は創業50年以上の老舗温泉旅館。その名の由来は、ここが坂戸城城主だった長尾政景の魂が眠るお寺の末寺「龍言寺」の跡地だから。16000平方メートルの広い敷地内に16の古民家が連なっています。そのほとんどがおよそ200年前の庄屋や豪農の館を移築してきたもの。歴史を感じる建物ですが、長年2メートル以上の豪雪にさらされてきました。2019年夏にリニューアルし、重厚な趣はそのまま、モダンな内装に生まれ変わりました。
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グルメまち歩きで〈本気呑(まじのみ)〉体験
宿で夕飯もいいけれど、せっかくなので食材豊かなこのまちで、地元の方が楽しんでいる名店に連れて行ってもらいました。アテンドは地元で広告の仕事をしている神保貴雄さんです。
「2020年はコロナの影響で地元飲食店も大きなダメージを受けました。ここにはおいしい酒も食材もたくさんあるので、南魚沼市の雪と水を“お酒”というかたちで味わい、そのお酒に合うひと皿を飲食店が“本気”で提供する〈本気呑〉というキャンペーンを行いました」(神保さん)
最初に訪れたのは創作懐石の〈なにわ茶屋〉。創業者の出生にちなみこの店名とのこと。現在、3代目の大将は奥野直人さんが務めています。メニューはなく、予算に合わせてその日入ってきた旬の食材を生かした料理を提供してくれます。
最後に、少量の塩とフリーズドライにしたふきのとうが出てきました。隣には、ほかほかの白ご飯。
「ふきのとうを指先で砕いて、塩と一緒に白米に乗せてお召し上がりください。香りのいいふりかけになります」(奥野さん)
南魚沼産コシヒカリの甘い香りに引き立つ、ふきのとうの風味。味つけが塩だけとは思えない豊かさでした。
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次にやって来たのは、活気のある炉端焼き居酒屋〈鮮極(せんごく)〉です。
案内されたカウンターに座ると、オーナーの林佑一さんが威勢よく出迎えてくれました。しかもスタッフ全員が着ている制服は新潟の伝統工芸品〈塩沢紬〉だというから驚きです。料理は〈八海山サーモン〉と呼ばれる雄のニジマスを使った塩辛や昆布締め、イノシシ肉の炭火焼きなどをいただきました。どれも日本酒にぴったり。
最後に出てきたのは「黒まいたけの土鍋炊き込みご飯」。正直、お腹はもうはち切れそうですが、目の前にお茶碗が運ばれると、思わず生唾がごくり。これは、トリュフの香り?
「黒まいたけはきのこのなかでも特に風味が強くて、トリュフに負けません」(林さん)
そしてご飯のうまみも負けてない。地元産の卵黄とかぐら南蛮味噌で「贅沢TKG」にしていただいたら、気がついたらお茶碗が空っぽになっていました。
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いい気持ちで〈ryugon〉へ帰り、この夜が名残惜しくて少しだけ館内のバーへ。支配人・小野塚敏之さんお手製の果実酒が並んでいます。小野塚さんのおすすめで「アンニンゴ」を漬け込んだお酒をいただきました。春になると日本中の里山に見られる、小さくて白い花が連なる山野草です。甘い杏仁豆腐のような香りがしました。
「いまはまだ雪がたくさん残っていますが、あと2週間もすれば全部溶けてしまうでしょう。そうすると山菜の季節です。山菜採りは楽しいですよ」(小野塚さん)
昼間にまち歩きをガイドしてくださった小林さんの言葉を思い出していました。
「春の訪れは誰でもうれしいものですが、雪国にとっての春は“ふつうの春”じゃないんです。秋から冬支度を続けて、耐えて耐えてやってきた雪解けのうれしさと美しさは格別なんですよ」(小林さん)
小野塚さんのうれしそうな表情を見て、本当だ、と思いました。
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