雪でも駆け回る子犬にあやかった縁起物〈チンコロ〉づくり
翌日は峠をひとつ越えて、お隣の十日町市へ。
六日町や十日町など、このあたりは日付にまつわる地名が多いのですが、これは昔「市場」が出ていた日にちです。ただし、8日は八海山にちなんだ神聖な数字として、3日は毎年3月3日に開催されていた「越後浦佐毘沙門堂裸押合大祭」の日として市場を開いていなかったため、8と3がつく地名はないのだそう。
やってきたのは〈みんなの家〉という宿泊施設を兼ねたシェアスペース。1階のコワーキングスペースで十日町の縁起物〈チンコロ〉づくりに挑戦します。お話を聞かせてくれたのは、十日町を拠点にした着地型旅行会社〈HOME away from HOME Niigata〉の佐藤あゆさんと、先生をしてくれた地元のお母さんの樋口正美さんです。
十日町では1月の10日、15日、20日、25日に「節季市(せっきいち)」が開かれ、雪具や日用品などを販売する露店が並びます。この市場で人気者になり、季節の風物詩となったのが、米粉でつくる〈チンコロ〉です。
「詳しい起源は不明ですが、チンコロとは子犬のこと。雪が降っても走り回る犬のように、健康に過ごせることを願ったのではないかといわれています。節季市で気に入った〈チンコロ〉を持ち帰って、神棚や玄関先に飾ります。1か月もすると乾燥してヒビが入るのですが、そのヒビが多ければ多いほど、幸せがやってくると言われているんですよ」(樋口さん)
ワークショップでは下準備が済んだ米粉団子が並んでいました。棒状のだんごがぶつ切りで置かれ、赤黄緑のラインが鮮やか。
まずはみんなで基本の「犬」をつくります。つくり方はいたってシンプル。米粉団子の断面が馴染むように丸くこねたら、真ん中あたりに首のくびれをつくり、はさみで耳と足、尻尾部分をカットして形を整えます。爪楊枝で目に穴を空けたら、粒状のカラー米粉を埋め込んで完成。でも不思議、同じようにつくったのにやっぱりそれぞれ個性が出ました。
形が整ったら蒸し器へ。2、3分熱を加えるとより色は鮮やかに、つやつやと輝いています。キッチンは、やっぱりお米のいいにおい。粗熱を冷ましたら、世界でひとつだけのお土産が完成です。
Information
【HOME away from HOME Niigata】
お問い合わせ:info@homehome.jp
web:十日町のフォーチュンドール“ちんころ”作り体験
女性猟師がもてなしてくれるジビエ料理
壁のような積雪に挟まれて、車はくねくねと山道を登り続けます。対向車や地元民とすれ違わなくなった頃、雪の間から茅葺き屋根が見えました。農家民宿〈茅屋や(かやや)〉に到着です。隣にはジビエ専門の肉屋〈雪国Base〉を構え、女将であり猟師の高橋美佐子さんがひとりで切り盛りしています。
元気いっぱいな猟犬アムちゃんに迎えられて、室内へ。親戚の家にでも遊びに来たようなリビングは、初めて来たのに懐かしさを覚えます。
「もともと生まれは十日町なのですが、高校を卒業して上京しました。東京で仕事をしていくなか、山の中で暮らす田舎暮らしに興味がわきUターンすることを決意。ですがすぐには仕事がなくて。そんななか、地域おこし協力隊の募集を知って2013年にこの地域へやってきたんです」(高橋さん)
ご縁あってこの古民家と出合い、民宿を始めたのは2016年。翌年には「十日町市ビジネスコンテスト」で最優秀賞になり〈雪国Base〉をオープンしました。
「狩猟シーズンは毎年11月15日から2月15日と決まっています。狩猟免許を持っているので自分でもウサギやカモなどの小型鳥獣はとりますが、〈雪国Base〉で扱うほとんどは狩猟や有害鳥獣駆除で持ち込まれた大型獣です。イノシシやシカがこの辺で見られるようになったのはここ10年ほど。だからそれらを食べる文化はここにはなくて、きちんと処理して安全に食べられるようにしたいと思いました」(高橋さん)
飲食店での卸販売が中心だという、ジビエ専門の肉屋〈雪国Base〉。中を少し覗かせてもらいました。天井にはレールがついており、大きな鈎がぶら下がっています。手前に下処理をする前室があり、奥が精肉にする加工室、その隣にお肉をパック、保管する加工室がありました。食肉加工場としての認定を受けるにはこの3部屋が必要なのだそうです。
「食肉加工も、命を奪う狩猟も、楽しいだけとは言えません。それでも、鳥猟犬のアムを連れて山を歩いているときは最高に気持ちがいい。こんな暮らしを続けていきたいと思っています」(高橋さん)
雪解けはもうすぐ。春が来たら、このあたりはどんな景色になるのでしょうか。
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米寿のしめ縄名人に、雪の冬仕事を教わる
最後に体験したのは、冬の雪仕事、しめ縄づくりです。と言っても、初心者が縄を編むのは難しいので、藁を使った簡単な一輪挿しづくり。教えてくれるのは〈ひらくの里ファーム〉の青木拓也さんとおじいさんの喜義さんです。
喜義さんは綱編みで生計を立ててきたしめ縄名人で、昔は「藁仕事」といって蓑や笠、それに米俵などを編んでいたそう。コロナ禍前は全国の小学生に伝承するワークショップも行っていました。
方言で静かに説明してくれる喜義さんの言葉に耳を傾け、見よう見まねで作業します。すてきなお土産がひとつ増えました。
白い雪に映える夕暮れに目を細め、とうとう帰路へ。
3月の雪国旅は、白い雪のすき間から、春の予感、そして春への期待を感じることができました。これは雪国の冬仕事に触れられたからこそわかる期待感です。次は“ふつうじゃない春”を体験しに来るぞ、と胸に誓って新幹線に乗り込みました。
credit text:コヤナギユウ photo:黒川ひろみ