文・角田光代
鮭とともに生きる村上の食文化を伝える〈きっかわ〉
新潟は、足を踏み入れたことがないわけではないけれど、新潟ってどんなところ? と訊かれたら、はて……、と答えに窮するだろう。よくは知らないのだ。新潟をもう少し知ろうと思って旅に出た。
向かったのは、村上。はじめて訪れるまちだ。村上では、古くから鮭をよく食べているという。新潟と鮭、という組み合わせも私ははじめて耳にした。鮭の専門店、〈千年鮭 きっかわ〉にまず向かい、ご主人の吉川真嗣さんに話を聞く。
村上地方は平安時代の昔から三面川で鮭が捕れて、朝廷に租税として納めていたくらい、古くからの歴史があるという。鮭料理には百もの種類があるのだそうだ。身だけでなく、心臓や胃袋といった内臓から、頭やひれまで、ぜんぶ食べる。ぜんぶ食べることが、鮭への感謝の気持ちなのだと吉川さんは話す。
鮭の恵みに感謝して祝詞を上げる「鮭魂祭(けいこんさい)」まであるというのだから、村上の人々の鮭にたいする思いは並々ならぬものなのだろう。鮭がよく捕れるから食べる、ということとは違う、鮭とともに生きる、この地に根づいた文化なのだ。
観光客で賑わうお店の奥に足を踏み入れて、驚く。天井から、ずらりと鮭が吊されている。鮭は銅のような色を放っていて、壮観だ。こうして風にさらして熟成させる。塩引鮭は一尾一尾に粗塩を引いて浸け、3週間から4週間干す。ただ干しっぱなしなのではなくて、虫やカビがつかないか確かめ、ときには洗い、子どものように手を掛ける。
関東生まれの私も、子どものころから鮭にはなじんでいるが、でも、知っている料理は数えるほどだ。内臓も食べことはない。きっかわさんの並びにある〈千年鮭 井筒屋〉さんというお店で、鮭料理を食べられる。
きっかわさんもだが、この井筒屋さんもたたずまいがとてもすてき。のれんをくぐって店内に入ると、ほぼ満席。お品書きがおもしろい。鮭二品、鮭七品、鮭十品、鮭十八品、鮭二十一品、とある。十も二十も、どんな料理なのか想像がつかない。鮭十三品を頼む。
鮭の生ハムの手まり寿司、鮭の酒浸し。塩引き鮭は生で運ばれてきて、七輪で各自焼く。それから、鮭のかぶと煮、郷土料理だという鮭の焼き漬け、はらこ、味噌漬け、昆布巻き、白子煮、中骨煮、飯寿司。それから、平安時代のレシピを古文書から読み解いて再現したという、きそ。鮭の背わたの塩辛だという、めふん。聞いたことも見たこともない料理ばかりだ。
さらに、「ぜひ食べてほしい」と吉川さんのご好意で、心臓、胃袋、肝臓、腎臓が登場する。まさに鮭のフルコース。はじめて食べるものも多く、すごくおいしい! というより先に、珍しすぎて、「へええ!」という感想が出る。
燻したような独特の香りがする鮭もおいしいが、鮭といっしょに食べるごはんが感動もののすばらしさだ。村上に近い、関川村のお米名人が作ったものだという。
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