新潟のつかいかた

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角田光代が綴る新潟の旅
「知りにいく旅、
奥ゆかしい村上」 Posted | 2018/11/02

文・角田光代

鮭とともに生きる村上の食文化を伝える〈きっかわ〉

新潟は、足を踏み入れたことがないわけではないけれど、新潟ってどんなところ? と訊かれたら、はて……、と答えに窮するだろう。よくは知らないのだ。新潟をもう少し知ろうと思って旅に出た。

向かったのは、村上。はじめて訪れるまちだ。村上では、古くから鮭をよく食べているという。新潟と鮭、という組み合わせも私ははじめて耳にした。鮭の専門店、〈千年鮭 きっかわ〉にまず向かい、ご主人の吉川真嗣さんに話を聞く。

村上地方は平安時代の昔から三面川で鮭が捕れて、朝廷に租税として納めていたくらい、古くからの歴史があるという。鮭料理には百もの種類があるのだそうだ。身だけでなく、心臓や胃袋といった内臓から、頭やひれまで、ぜんぶ食べる。ぜんぶ食べることが、鮭への感謝の気持ちなのだと吉川さんは話す。

千年鮭 きっかわ
1626年(寛永3年)に創業。造り酒屋を営んでいたが、消えかけていた鮭料理を絶やしてはならないと、昭和30年代から鮭料理の製造販売を営み、現在は〈千年鮭 きっかわ〉として店を構える。
千年鮭きっかわ15代目の吉川真嗣さん
15代目の吉川真嗣さん。鮭に対する思いも村上のまちに対する思いも熱い。

鮭の恵みに感謝して祝詞を上げる「鮭魂祭(けいこんさい)」まであるというのだから、村上の人々の鮭にたいする思いは並々ならぬものなのだろう。鮭がよく捕れるから食べる、ということとは違う、鮭とともに生きる、この地に根づいた文化なのだ。

観光客で賑わうお店の奥に足を踏み入れて、驚く。天井から、ずらりと鮭が吊されている。鮭は銅のような色を放っていて、壮観だ。こうして風にさらして熟成させる。塩引鮭は一尾一尾に粗塩を引いて浸け、3週間から4週間干す。ただ干しっぱなしなのではなくて、虫やカビがつかないか確かめ、ときには洗い、子どものように手を掛ける。

吉川さんから塩引鮭の説明を受ける角田光代さん
塩引き鮭をつくるのに、村上の気候がちょうどいいのだという。天然の素材のみで、村上の北西の風によって塩引鮭がつくられる。
きっかわ直営の鮭料理専門店、千年鮭 井筒屋
きっかわ直営の鮭料理専門店〈千年鮭 井筒屋〉。もともとは江戸時代からの旅籠で、芭蕉が『おくのほそ道』の道中2泊した宿といわれる。建物は国指定有形文化財。

関東生まれの私も、子どものころから鮭にはなじんでいるが、でも、知っている料理は数えるほどだ。内臓も食べことはない。きっかわさんの並びにある〈千年鮭 井筒屋〉さんというお店で、鮭料理を食べられる。

きっかわさんもだが、この井筒屋さんもたたずまいがとてもすてき。のれんをくぐって店内に入ると、ほぼ満席。お品書きがおもしろい。鮭二品、鮭七品、鮭十品、鮭十八品、鮭二十一品、とある。十も二十も、どんな料理なのか想像がつかない。鮭十三品を頼む。

鮭の生ハムの手まり寿司、鮭の酒浸し。塩引き鮭は生で運ばれてきて、七輪で各自焼く。それから、鮭のかぶと煮、郷土料理だという鮭の焼き漬け、はらこ、味噌漬け、昆布巻き、白子煮、中骨煮、飯寿司。それから、平安時代のレシピを古文書から読み解いて再現したという、きそ。鮭の背わたの塩辛だという、めふん。聞いたことも見たこともない料理ばかりだ。

さらに、「ぜひ食べてほしい」と吉川さんのご好意で、心臓、胃袋、肝臓、腎臓が登場する。まさに鮭のフルコース。はじめて食べるものも多く、すごくおいしい! というより先に、珍しすぎて、「へええ!」という感想が出る。

燻したような独特の香りがする鮭もおいしいが、鮭といっしょに食べるごはんが感動もののすばらしさだ。村上に近い、関川村のお米名人が作ったものだという。

鮭手まり寿司と鮭の酒びたし
鮭手まり寿司と鮭の酒びたし。1年かけて熟成させた鮭にお酒をかけて食べる酒びたしは村上ならではの珍味。
鮭十三品
「鮭十三品」。手まり寿司や塩引き鮭のほか、焼漬、はらこ(いくら)の味噌漬、中骨を甘醤油でやわらかく煮たどんがら煮など、珍しい鮭料理が並ぶ。最後は土鍋で炊いたご飯に塩引きを乗せて、お茶漬けでいただく。
めふん(背わたの塩辛)、どんびこ(心臓)、胃袋などの珍味
十三品とは別に、めふん(背わたの塩辛)、どんびこ(心臓)、胃袋などの珍味も味わってみる。
七輪で塩引き鮭をじっくり焼いていく
鮭といっしょに食べるごはん。感動もの
代々受け継がれる美術品に出会える屏風まつり

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美術品に出会える「屏風まつり」

Information

【千年鮭 きっかわ】

address:新潟県村上市大町1-20

tel:0254-53-2213

access:JR村上駅から車で約5分

営業時間:9:00~18:00

定休日:1月1日のみ

web:千年鮭 きっかわ

Information

【千年鮭 井筒屋】

address:新潟県村上市小町1-12

tel:0254-53-7700

access:JR村上駅から車で約5分

営業時間:9:30~16:00(食事は11:00~)

定休日:年末年始

web:千年鮭 井筒屋


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