趣ある〈フェルのはなれ〉と卵の店〈フェルエッグ〉
この糸魚川駅近くに、〈フェルのはなれ〉という店がある。国登録有形文化財に指定されている、古い写真館の建物が、お菓子や雑貨を売る店舗になっていると聞いて、さっそく向かう。住宅街のなかを少し歩くと、その元写真館があらわれる。なんとも味わい深い建物である。
なかに入ってさらに興奮度は高まる。ショーケースにおいしそうなケーキやプリンが並んでいる。玄関先で靴を脱いで奥の部屋にいくと、キッチングッズや食器、アクセサリーやストール、子ども服などがディスプレイされている。お皿にしても鍋にしても、見た目がうつくしく、使いやすいものを選んで並べてある、という印象で、あれもこれもつい手に取って、ふらふらとレジに向かいそうになる。
雑貨売り場の襖を開けると和室があり、ここで、子ども服やアクセサリーづくりなどのワークショップが行われているという。
この写真館の建物はすごく広い。見学可能なので、ほかの部屋ものぞいて歩く。古めかしい暗室もある。2階に上がって、「わああ」とつい声が出る。写真館のスタジオだったのだろう2階部分は、広々とした板間の空間で、天井や窓の感じがなんともいえずかわいらしい。
壁には昭和のはじめごろの、糸魚川の生活を映したモノクロ写真が飾られている。お祭りや、運動会や、夏の日の商店街、海水浴、おしゃべりに興じるおばさんたち――なんでもない日々の瞬間を捉えた一枚一枚が、見たこともないのになつかしくて、ついつい引きこまれてじっくり見てまわる。この天井の高いスタジオにも、記念写真を撮りにじつに多くの人々が訪れたのだろうなあと感慨に耽ってしまう。
フェルのはなれの、「フェル」とはなんぞや? というと、〈フェルエッグ〉という本店のことだ。糸魚川市大字平牛というところにあるそのフェルエッグを、翌日の朝、訪ねてみた。
少し早く、開店前に着いたのだが、お店の前の駐車場は満車。すごい人気である。オープンすぐに店に入るお客さんたちは、クロワッサンやケーキなど、思い思いに買いものをしていく。
フェルエッグの母体は70年ほど続く養鶏農家だそうだ。2000年代に鳥インフルエンザがはやり、鶏の餌代が高騰し、もう養鶏農家を続けるのは無理かもしれない……というところまで追い詰められたのだと、代表の渡辺洋子さんは話す。
それでも鶏は毎日卵を産んでくれる。それを無駄にしたくなくて、厚焼き卵の店をはじめようか、いやアイスクリームがいいか、とさまざまに悩み、洋菓子の店にしようと決意する。お菓子作りの経験もない洋子さんは、パティシエに習いつつ試行錯誤を続けてシフォンケーキを完成させる。さらに、お菓子に使うための、なまぐさみのない卵が作れないかと改良を重ねて、ピュアエッグという卵を独自に開発したというから、すごい。
私は甘いものはあんまり好んで食べないが、大の卵好きなのである。店舗の奥にあるカフェコーナーで、このお店の主力商品であるプリンとシフォンケーキを食べさせてもらった。
これが本当に、身をよじって天を仰ぐほどのおいしさ。とくにシフォンケーキ! 失礼ながらシフォンケーキというものをおいしいと思ったことが今まで一度もなくて、その存在意義もよくわかっていなかったのだが、フェルエッグのシフォンケーキを食べて深く懺悔したくなった。
しっとりしていて、バターと卵の味がきちんとしながら、それでいて甘すぎない。ふわふわすぎないところもいい。なんだか私自身が吸いこまれていくようなおいしさだ。シフォンケーキってこんなにおいしい食べものだったんだなあ。ぐりとぐらが食べた大きなカステラは、こんな味ではなかったのかなあ。
このカフェのランチメニュウを見て、またまたうっとりしてしまう。おかずとお味噌汁と卵かけごはんのフェルセット、エッグベネディクト、オムライス……。ランチの時間にはまだ早く、食べることはできなかったのだが、メニュウの写真をじっくり眺めるだけで卵好きの私は満足である。
ひっきりなしにお客さんが入ってきては、買いものをして出ていく。いいなあ、このお店が近所にあれば、私もきっと毎日だって通ってしまう!
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