南魚沼市にある築150年あまりの古い建物を改築した宿〈里山十帖〉。食を通して新潟を体感するような宿を手がけるクリエイティブディレクターの岩佐十良(とおる)さんに、作家の角田光代さんがお話をうかがいました。
ライフスタイルを提案する宿の
先駆けとして
角田 岩佐さんは雑誌『自遊人』を発行されていらっしゃいますが、そのほかにお米をつくられたり、こういった宿や食のプロデュースをたくさん手がけられていますね。何が一番おもしろいですか?
岩佐 うーん、全部ですね。雑誌もつくっていますが、プロデュースのほうが多いです。そちらのほうが好きかもしれません。大学も美術の大学だったので、なにかをつくるのが得意なんです。
角田 先ほど、お風呂を見せていただいたんですが、すばらしい景色でした! あそこには杉林が広がっていて、伐採してあの景色が見えるようになったとお聞きしました。そういうアイデアはパッと浮かぶんですか?
岩佐 浮かびますね。ここのよさってなんだろうと考えたときに、まず魚沼の景色を見ていただきたい。あの杉を伐採したら、巻機山が見えるはずだと。館内も、こうしたらこうなるなとか、ここはこういう色にしたらいいなとか、空間が頭の中に浮かぶんです。
角田 全体像が浮かぶというのは、本当にすごいことですね。ところで、もともと宿をやろうと思われていたんですか?
岩佐 宿をやりたいと思っていたわけではないんです。実は新潟に来たのはいまから15年前で、お米づくりをしていたのですが、もっと東京に近い首都圏か、あるいは西日本で、食べ物を体感するお店をつくりたいと思っていたんです。ところがそこへ東日本大震災が起きて状況が一変しました。そのタイミングで僕らが拠点を移すと、風評被害を助長することにつながりかねないと思いました。
角田 最初は食べ物だったのですね。しかも、一番基本的なお米だったとは。
岩佐 福島や山形でもお米を販売していたのですが、2011、2012年はお米は全然売れなかったですね。そんなとき、2012年の5月に、古い旅館だったこの建物をどうにかできないかという話が舞い込んできて。いろいろ計算する暇もなく、7月1日には契約書にサインしていました(笑)。
角田 ずいぶん思い切った決断だったんですね。
岩佐 ここで新潟の食を中心とした宿をやろうと。ここに来て、食べてもらうのが一番いいと考えたんです。宿は大変ですけど、逆に考えれば食を総合提案できる。風評被害も払拭できるし、住空間から生活雑器まで、ライフスタイルの提案ができると思ったんです。
角田 先ほどショップも拝見しました。とてもすてきで興奮しました。家具まで販売しているなんて。この里山十帖に置いてある家具があのように販売されていると、自分の家に持ちこんだらすてきな空間になるのではないか、なんて考えてしまいます。この宿全体がスタイルブックのように思えてくるんです。
岩佐 近年はこういうライフスタイル提案型の旅館やホテルも出てきましたが、当時としては珍しかったと思います。食に関しても、ただ素材にこだわるのではなく、プレゼンテーションまで含めて考える。料理の組み立て方なども、従来の旅館とは全然違う考え方でつくっています。それをおもしろいねと言ってもらえたのかなと思っています。
角田 オープンしてすぐ、いまのように注目されて人気が出たのでしょうか?
岩佐 2012年は改修工事をしながら断続的にテスト営業をして、2013年の11月にプレオープン、2014年の5月にオープンしたので今年で丸5年なのですが、最初は全然でした。でもその年の8月には稼働率が90%を超えたんです。ほとんどが口コミで、SNSで一気に広まったようです。
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