失われていく「織り」の技術を未来へ残す
珍しいものがいっぱいの足立さんの工房で、黒い布を見つけました。薄く透けていて、絹でも綿でもなさそう……。これは一体?
「それは『毛網(けあみ)』です。馬の毛を編み上げたものですよ」と足立さん。
「料亭や和菓子店で使われているもので、人工のツルツルの糸と違って、天然の毛で素材を裏漉しすると、ガサガサとしたキューティクルが余分な繊維をきれいに漉しとり、驚くほどなめらかな舌触りになるんです。しかし、日本やアジアで毛網を織れる人がほとんどいなくなってしまって……」
廃れつつある毛網の技術を復活させようと、足立さんは長岡造形大学とともにタッグを組んで研究をスタート。現在は、足立さんの妻の幸子さんが技術を習得すべく、織りの先生から習っているそうです。
原料となる馬毛の仕入れ先についてもこれから探す必要があるのだとか。国内で馬毛が入手できるところなど、何か情報があれば教えてほしいそうです。(連絡先は最後のInformation参照)
大ヒット商品〈わっぱせいろ〉ができるまで
一人前の職人になるまでにかかる時間は、約10年。今年で48歳になる足立さんが、職人の世界に足を踏み入れたのは22歳のときだったそう。父である10代目が病気で他界するまで、12年にわたって技術を習いました。
「亡き父からは、よく『不器用だなぁ』と言われてきました。でも、それがよかったんだ、とも。器用な人はすぐにそれなりの物をつくれて、ああこんなものか……と思って終わってしまう。でも、不器用だと、できないから数をいっぱいこなして、できるようになるまで何度も繰り返す。だから身についていくんですね」
テレビ番組『マツコの知らない世界』で紹介された電子レンジで使える〈わっぱせいろ〉は、そんな10代目の父が考案し、研究して製品化したものだといいます。
「電子レンジで使うための特殊な加工をしているわけではなく、本来は金属の釘で止めるところを、自然素材で代用しただけ。それ以外は伝統の技と天然素材のみで、いつもつくっている曲げわっぱとまったく同じです」
イチからつくってみましょうか! と言った足立さんが、まず手に取ったのは「曲げ輪」。すでに丸くクセづけられたヒノキの板です。
これをそのまま電子レンジの中へ。えっ、チンするんですか?
「そうです。今、うちの企業秘密を明かしちゃっているかもしれませんね。でも、大丈夫。技術を後世に残したいので、どんどん公開していくつもりでいます」
チン! と電子レンジが鳴って、ホカホカのわっぱが出てきました。型に入れたまま温めてから冷ますと、きれいな正円になるのだそう。
「ここの工程を、金属の釘ではなく竹釘にしたことで、電子レンジでも使えるようになりました。金釘ならトントンと打てば終わるところを、竹釘だと穴を開ける工程、竹釘を通す工程、削る工程が増えます。ちょっと手間ですが、小輪がゆるんで外れることのないようにするには必要な作業です」
驚くほどの手間ひまをかけて、丹念につくられた〈わっぱせいろ〉。食材を入れて、電子レンジにかけて温めたら、専用の台座に乗せて、やわらかいヒノキの香りとともにそのまま食卓へ。
わっぱめしや点心などの定番のお料理から、冷やご飯の温め直しまで、和洋中を問わず楽しみ方は無限大だというから、なるほど、ヒットするはずです。