新潟のつかいかた

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電子レンジで気軽にチンできる!?
大ヒットした伝統工芸品
〈わっぱせいろ〉の
生まれた場所へ | Page 2 Posted | 2022/11/25

失われていく「織り」の技術を未来へ残す

珍しいものがいっぱいの足立さんの工房で、黒い布を見つけました。薄く透けていて、絹でも綿でもなさそう……。これは一体?

馬の毛を編み上げた毛網(けあみ)

「それは『毛網(けあみ)』です。馬の毛を編み上げたものですよ」と足立さん。

「料亭や和菓子店で使われているもので、人工のツルツルの糸と違って、天然の毛で素材を裏漉しすると、ガサガサとしたキューティクルが余分な繊維をきれいに漉しとり、驚くほどなめらかな舌触りになるんです。しかし、日本やアジアで毛網を織れる人がほとんどいなくなってしまって……」

廃れつつある毛網の技術を復活させようと、足立さんは長岡造形大学とともにタッグを組んで研究をスタート。現在は、足立さんの妻の幸子さんが技術を習得すべく、織りの先生から習っているそうです。

毛網の裏漉し器
「どうかやめないで」「お願いだからつくり続けて!」の声が多い毛網の裏漉し。

原料となる馬毛の仕入れ先についてもこれから探す必要があるのだとか。国内で馬毛が入手できるところなど、何か情報があれば教えてほしいそうです。(連絡先は最後のInformation参照)

大ヒット商品〈わっぱせいろ〉ができるまで

一人前の職人になるまでにかかる時間は、約10年。今年で48歳になる足立さんが、職人の世界に足を踏み入れたのは22歳のときだったそう。父である10代目が病気で他界するまで、12年にわたって技術を習いました。

曲げわっぱをつくるための各種道具
先代から引き継いだ道具の数々。なかにはお手製の道具も。

「亡き父からは、よく『不器用だなぁ』と言われてきました。でも、それがよかったんだ、とも。器用な人はすぐにそれなりの物をつくれて、ああこんなものか……と思って終わってしまう。でも、不器用だと、できないから数をいっぱいこなして、できるようになるまで何度も繰り返す。だから身についていくんですね」

テレビ番組『マツコの知らない世界』で紹介された電子レンジで使える〈わっぱせいろ〉は、そんな10代目の父が考案し、研究して製品化したものだといいます。

わっぱせいろ
〈足立茂久商店〉の名を世に轟かせた〈わっぱせいろ〉。

「電子レンジで使うための特殊な加工をしているわけではなく、本来は金属の釘で止めるところを、自然素材で代用しただけ。それ以外は伝統の技と天然素材のみで、いつもつくっている曲げわっぱとまったく同じです」

イチからつくってみましょうか! と言った足立さんが、まず手に取ったのは「曲げ輪」。すでに丸くクセづけられたヒノキの板です。

曲げ輪の端を削ぎ落とす
奈良の専門の職人から取り寄せている曲げ輪。端を小刀で削ぎ落とす。
桜の皮を帯状に切る
続いて、桜の皮を細い帯状に切る。
桜の皮を曲げ輪に通す
曲げ輪にメサシという道具で穴をあけ、桜の皮を編むように通す。
正円の木型にはめこんだわっぱ
桜皮で輪にしたものを正円の木型にはめこむ。

これをそのまま電子レンジの中へ。えっ、チンするんですか?

「そうです。今、うちの企業秘密を明かしちゃっているかもしれませんね。でも、大丈夫。技術を後世に残したいので、どんどん公開していくつもりでいます」

電子レンジで加熱されるわっぱ
電子レンジで数分温める。

チン! と電子レンジが鳴って、ホカホカのわっぱが出てきました。型に入れたまま温めてから冷ますと、きれいな正円になるのだそう。

別の曲げ輪から細く切り出された「小輪」
別の曲げ輪にぐるりと切り込みを入れて、細い「小輪」を切り出す。
小輪を丸めて曲げ輪の本体の中へ
切り出した小輪を丸めて、先ほど温めた曲げ輪の本体の中へ。
曲げ輪の内側に小輪をトントンと叩きこむ
「打ち棒」と呼ばれる棒で、曲げ輪の内側に小輪をトントンと叩きこむ。
小輪を固定する
小輪を固定するために、竹釘を通す。そして、突起がなくなるように削る。

「ここの工程を、金属の釘ではなく竹釘にしたことで、電子レンジでも使えるようになりました。金釘ならトントンと打てば終わるところを、竹釘だと穴を開ける工程、竹釘を通す工程、削る工程が増えます。ちょっと手間ですが、小輪がゆるんで外れることのないようにするには必要な作業です」

わっぱをやすりにかける
最後に、わっぱの上下をやすりにかければ完成。

驚くほどの手間ひまをかけて、丹念につくられた〈わっぱせいろ〉。食材を入れて、電子レンジにかけて温めたら、専用の台座に乗せて、やわらかいヒノキの香りとともにそのまま食卓へ。

わっぱめしや点心などの定番のお料理から、冷やご飯の温め直しまで、和洋中を問わず楽しみ方は無限大だというから、なるほど、ヒットするはずです。

年代物のせいろ

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