魚沼の食文化の入り口、〈HATAGO井仙〉
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。この書き出しが有名な川端康成の小説、『雪国』の舞台にもなった越後湯沢。冬の風景は今も変わりなく、冬晴れの続く東京から新幹線に乗って長いトンネルを抜けると、真っ白に染め上がった越後山脈が私たちを出迎えてくれます。新潟県の玄関口、越後湯沢をはじめとする魚沼地域の食文化は、まさに降り積もる雪と四季折々に見せる豊かな自然が一体となってつくり上げられてきました。
そんな食文化を地域の物語として、さまざまな角度から私たちに体験させてくれるお宿が、越後湯沢駅西口目の前にある〈HATAGO井仙〉です。
昔ながらの風情ある扉を開けると、まず目に飛び込んでくるのは魚沼のおいしいものを厳選してお届けするお土産処、〈んまや〉の風景。塩沢地区にて減農薬で育てられた一等米魚沼産のコシヒカリをはじめ、ご飯によく合う食として、地元で親しまれてきた漬物や発酵食品にお酒、そして郷土菓子、温泉水や日本酒を使ったスイーツなど……。ぎっしりと並んだ魚沼の味は、私たちの目を楽しませてくれます。
「一番ご好評いただいているのはやっぱり魚沼産のコシヒカリですね。〈HATAGO井仙〉は地元とのつながりを大切にしているんです。なので、お土産品のセレクトも地元の方たちにも相談しながら決めていますし、またその対話がきっかけとなって、〈HATAGO井仙〉のオリジナル商品も生まれました」と、〈んまや〉のお土産品ひとつひとつを丁寧に説明しながら私たちを迎えてくれたのは、〈HATAGO井仙〉ホールマネージャーの梅澤美香さん。
「例えばお味噌は一般的には寒い北の地方は辛口味噌が多く、暖かい南の地方に行くほど甘口の味噌になるもの。ですから新潟の越後味噌は辛口のほうなのですが、当店のオリジナルの越後味噌は通常の味噌よりも魚沼産コシヒカリの麹を多めに入れているので、麹の甘みを感じられる味噌になっています。昔ながらの天然醸造にこだわる魚沼の〈木津醸造所〉で特別につくっていただいていますが、地元のみなさまにも好評で親しまれています」
2005年、〈湯沢ビューホテルいせん〉から〈HATAGO井仙〉へ。当時4代目社長・井口智裕さんの決断によって大幅にリニューアルした〈HATAGO井仙〉を、先代の時代から見届けてきた梅澤さんは、「かつて駅前のビジネスホテルであった〈湯沢ビューホテルいせん〉。その時代をご存知のお客様のなかには、リニューアルした〈HATAGO井仙〉の姿にびっくりされる方も多くいらっしゃいます」と話します。
また、〈んまや〉の右奥には、喫茶室〈水屋〉が併設されています。旅の疲れをほっとひと息癒すのも良し、帰る間際に旅の思い出を語るのも良し。ここでは専属のパティシエがつくる魚沼産コシヒカリの米粉を使用して焼き上げたロールケーキ〈湯澤るうろ〉や〈水出し温泉珈琲〉などの定番メニューはじめ、地元の特産を生かしたさまざまなスイーツが楽しめます。
「魚沼と言えば魚沼産コシヒカリと地酒のイメージが強いと思うのですが、実は同じくらいお水も欠かせないんです。例えばお客様にお水をお出ししますよね。そうすると、とてもおいしく感じられるようでこれはミネラルウォーターですか? とよく聞かれるんですが、実際は普通の水道水。どうやら地元の人間が普通に使っているものが、当たり前ではないことがあって、なかでも水に関しては特にお客様に驚かれます」
水の良さを存分に生かした〈水屋〉の水出し温泉珈琲は、越後湯沢神立地区の温泉水を使用して8時間かけて引き出した自慢の一杯です。
〈HATAGO井仙〉へのリニューアルととともにオープンした、〈んまや〉と〈水屋〉。当時、梅澤さんは〈水屋〉の店頭に立って、自らドリッパーを使ってハンドドリップで淹れたコーヒーをお客様に届けていた時期もあると言います。
「最初は6席から始まった〈水屋〉ですが、少しずつ認知されて、オープンして3年ほど経った頃に席数を増やし、中越地区で一番の集客数を誇るカフェに成長しました。そのときはとてもうれしかったですね。これは井口がよく言うことなのですが、旅館とは地域を疑似体験してもらうためのショールームであると。
だからこそ、そこに置くものは私たちが自信を持ってお届けする魚沼のいいものにしたいのです。それは言い換えると、雪国の食文化やそこに住む私たちにとっての当たり前の日常を、〈HATAGO井仙〉を通じて表現させてもらっているということでもあるんです」