ひと皿の本質を変えた狩猟本能
新潟県のほぼ中央に位置する三条市。古くから刃物、金物、鋳物などをつくる職人のまち、ものづくりのまちとして有名で、米どころ新潟らしい風景を味わえる土地でもあります。山菜や野生動物の宝庫にもなっている山間部には美しい棚田が広がる一方で、平野部では稲作をはじめ、野菜や果物の栽培も盛んに行われていて、四季を通して人々の食卓を豊かに支えています。
そんな三条市の田園風景連なる静かな場所に、県外からも多くの人が訪れるフレンチ、〈Restaurant UOZEN(レストラン・ウオゼン)〉が佇んでいます。野菜やハーブを育て、山で獣や野禽を仕留め、海で魚を釣る。オーナーシェフである井上和洋さん自らの手で、食材を調達して調理する 〈Restaurant UOZEN〉の料理は、まさに新潟のローカルガストロノミーを体感できる、発見のひと皿です。
「例えば狩猟した猪の腹を割ってみて、銀杏やドングリがでてきたのであれば、猪肉の料理には銀杏をつけ合わせにするのがやっぱりいいんです。その猪肉は銀杏を栄養にしてつくられてきたわけですから、それが何より自然です。こんなふうに自分で食材を調達するようになってから、料理人としてのひと皿の本質が変わっていきました」
食べることは自然とつながること。ひと皿を通じて実直に私たちに伝えてくれる井上さんが妻の真理子さんとここ、三条で〈Restaurant UOZEN〉を始めたのは、2013年のこと。それまでは東京の池尻大橋にて有機野菜レストラン〈HOKU〉のオーナーシェフを務めていた井上さんですが、「いつしか自然のあるところで料理をしたいと思うようになった」と、最終的には真理子さんの実家のある三条にたどり着きます。
「三条に行き着く前にあちこち物件を探したりもしたんです。そんななか妻の両親がやっていた日本料理〈魚善〉が閉店することに。それなら僕たちがその場所を継いで、内装を変えて新たに〈Restaurant UOZEN〉としてお店をやろうと。その時点ではお店の構想はまったく決めていなかったのですが、とにかく田舎のほうに行って、ゆっくりのんびりとお店ができればいいなあと思っていたんです」
実際に移住してみて、「いつも厚い雲に覆われる冬の新潟の空には、最初は戸惑いました(笑)」と言う井上さんですが、土地がつないでくれたさまざまな人の縁によって、2年ほどかけてお店の構想が固まっていきます。
「まず何よりも地元を中心とした新潟県産の食材を使いたい。それもできるだけ自分の手で掴んだ、あるいは育んだものでと思っていたら、自然とそういう縁に恵まれて。例えば狩猟。新潟市内の知人の飲食店オーナーに、『ジビエを扱うなら猟師を紹介するよ』と言われて紹介されたのが、狩猟を行いながら和食の店を経営する料理人でした。
実際会って話を聞くうちに、すぐに自分でも狩猟をやりたいと思って、翌日には免許取得の方法を調べて、そこから約10か月、最短で免許を取得しました。以来、自分で狩りをするようになったんです」
狩猟のほかに、山では山菜採りやきのこ採り。また自ら友人の船に乗って、佐渡沖まで出て海釣りをする井上さん。並行して自家菜園での野菜づくりも欠かせません。こうしてこの土地の自然に身を委ねることで、四季折々、命のサイクルが井上さんのなかに芽生えていきます。
「狩猟は新潟県の狩猟解禁日を迎える11月中旬から始めます。その後、3月になると海が落ち着きはじめるので釣りを始め、また同じ頃から山菜採りもできます。これは移住して驚いたんですが、新潟の山は山菜の宝庫なんですよ。山と言えば、夏はきのこの収穫ですね。こんなふうに1年通してできることがたくさんあるので毎日忙しいんです。でもどれもすべて自分が好きでやっていることなので、本当に楽しいです」