新潟のつかいかた

感動的なまでの新潟の食と景色を堪能〈里山十帖〉

角田光代が綴る新潟の旅
「新潟が育んだ、美を追う心」 | Page 2 Posted | 2019/03/29

感動的なまでの新潟の食と景色を堪能〈里山十帖〉

里山十帖は、雑誌『自遊人』を発行している岩佐十良(とおる)さんがプロデュースをした宿だ。幹線道路から山に向かっていくような道に入ると、周囲には商店も民家もなくなって、積雪量も増え、そうしてどーんと重厚な建物があらわれる。外観も迫力があるが、木製の大きな扉を入るとその迫力がより増す。

150年前の古民家を移築、改装したというレセプション棟は、天井がはるかに高く、黒光りするような梁が複雑に組まれている。中央には巨木のオブジェがあり、その奥にフロントがある。建物はいかにも古民家といった風情だが、家具や照明がモダンで、すみずみまでお洒落な空間である。

中二階にはテーブルとソファが置かれていて、コーヒーやハーブティーを好きに飲むことができる。この中二階から建物を眺めるのもまたおもしろい。このスペースに置かれている家具は、すべてほしくなるくらいすてき。

とくにこのテーブルがほしい……とちろちろと見ていたソファテーブルが、なんと、宿泊棟にあるショップで売られていた。わー、と思わず値段を知るために駆け寄るが、残念なことに売約済み。

吹き抜けの中二階
吹き抜けの中二階はラウンジになっており、ハンス・J・ウェグナーなどの名作椅子が並ぶ。
ライフスタイルショップ〈THEMA〉
ライフスタイルを総合的に提案するショップ〈THEMA〉では家具も売られている。角田さんが気になったのは〈ロイヤルコペンハーゲン〉のヴィンテージもの。

宿泊施設内のショップでソファテーブルを売っているのもおもしろいが、ベッドや寝具や衣類まで販売している。お米や調味料、オーガニックの石けん類、雑貨や食器など、いわゆる旅館のお土産屋さんではない店内は、見ているだけでわくわくしてくる。

宿泊棟は、レセプション棟とはまったく趣が違って、明るくて洋風な感じだが、お洒落なのは同じ。あちこちにさりげなくデザイナー家具や照明が置かれている。不思議なのは、それらがすごく身近に感じられること。さっきのソファテーブルのように、「これはここにあるからすてきなんだ」ではなくて、「このすてきなものを私の暮らしに取り入れたい」と思うのである。

フリースペースにぽつんと置かれたソファを見て、「私んちのあの椅子を、こんなふうに置けばかっこよく見えるかも」とか、「こんなふうに明かりを飾るのは新鮮」とか、知らず知らず、自分の暮らしに照らし合わせて考えている。なんだか不思議な宿。

レセプション棟の〈早苗饗〉
レセプション棟の〈早苗饗〉で食事をいただく。古民家に現代的なデザインのしつらえが絶妙。

でも、私がこの宿で心底感動したのは、何より食事と風呂だ。
午後5時半、レセプション棟のダイニング〈早苗饗(さなぶり)〉で夕食となった。席にはこの日の献立のほかに、早苗饗のこだわりと、思い、素材について書かれたものも置いてある。ちなみに早苗饗というのは、「田植えが終わったあと、その年の豊作を祈るのと同時に、田植えに協力してくれた人をもてなす“饗応”のこと」であるらしい。

まず出てきた「銀葉草」は佐渡産で、雪解け水で育つ海藻だという。この第一品がそうであるように、新潟産の素材、新潟の伝統野菜が多く使われている。

栃の実で作った餅、天然のきのこいろいろ、葛で寄せた大根豆腐などなど、出てくる料理の味つけは、調味料をまったく使っていないのではないかと思うほど繊細で、そのぶん、栃の実の、噛んでいるうちじんわり出てくるうまみとか、ヒラタケやなめこのかぐわしい香りなどが、強く伝わる。

私が感動したのは「巡る季節」と題された一皿だ。時計の数字のように、新潟の季節をあらわす料理が並んでいる。春はぜんまいの白和え、わらびとにんじんを三杯酢で和えたもの。これらは雪室で保存してあるのだという。夏は胡瓜のクルミ味噌漬けと揚げた「あんにんご」(はじめて食べた)、秋は揚げた菊芋と燻製鱒、と続くのだが、それこそ昔々から新潟の暮らしに根づいている知恵が発揮されている。

佐渡の「銀葉草」
佐渡の「銀葉草」。素材の旨みを感じられる、最小限の味つけ。
「巡る季節」
保存と発酵の知恵が詰まった「巡る季節」。上から時計回りに、ぜんまい、わらびとにんじん、胡瓜、あんにんご、菊芋、燻製鱒、鴨、パンチェッタとじゃがいも。春夏秋冬の食材が揃うのはこの季節だけだという。

雪室、粕漬け、塩漬け、乳酸発酵などを使い分けて、その素材の個性を引き出すことを、この地方の人たちはごくふつうにくり返してきたのだと、この一皿と向き合いながら頭と舌で理解する。

このあとも、野菜料理、魚料理(メジマグロ)に肉料理(鹿)と続く。食べ慣れた野菜でも、味わったことのない調理がなされていたり、鴨肉が驚くほど野性味があるのにやわらかかったり、一皿一皿にかならず驚きと感激がある。

最後は魚沼といえば、のコシヒカリである。つややかでうつくしい、甘みのあるおいしいごはん。このごはんだけで酒が飲めてしまう。

目の前の釜で炊かれたご飯
目の前の釜でご飯が炊かれ、「煮えばな」といわれる、蒸す前の、まさに炊きたてのご飯をひと口。
新潟市の山でとれた鹿肉料理
この日の肉料理は新潟市の山でとれた鹿。とてもやわらかくてジューシー。

料理のあいだ私が飲んだのは、新潟産の日本酒である。南魚沼の日本酒セットというのがメニュウにあり、〈鶴齢〉の無濾過の生原酒、八海山の限定酒〈魚沼で候〉、高千代の生原酒〈59Takachiyo〉。新潟の酒が新潟の食事に合わないはずはない。鶴齢はほんの少し甘めだけれどきりりとしていて、魚沼で候はがつんとした感じ、高千代は澄んでいて飲みやすい。

あまり量を多く食べない私は、かなりの満腹だったのだけれど、野菜が多いからか、あるいは調味料を多く使っていないからか、胃にももたれず、体のなかもきれいになった感じがする。いや、たった一回のうつくしい食事で、ふだんの不摂生が帳消しになるはずもないのだが。

食後は、湯処〈天の川〉に向かう。宿泊棟から長い廊下を通った先に、天の川はある。
もともとの建物では客室とつながっていた浴室を、ぐーっと引っ張り離して改装したのだとスタッフの方に訊いたときは、茫然とした。なぜそんなにたいへんなことを思いついて、しかも実行するのだろう。

しかも、もともと露天風呂の前方は杉林で囲まれて、それをすべて伐採したのだとも聞いた。なぜそんなたいへんな、そして面倒なことを思いついて、しかも……、とついつい今しがた思ったことをくり返してしまう。

しかしいざ浴槽に入り、露天風呂に出てみると、なるほどそうか、こういう景色を前に湯に入るって、たしかにすごいと納得できる。夜だから暗いけれど、露天風呂の浴室に入ると、目の前にはなんにも遮るものがない。見上げれば星のまたたく広い空。なんて贅沢なロケーションだろう。

眼前に巻機山が広がる露天風呂
もとの建物にあった浴室を20数メートル移動させ、杉林を伐採すると、眼前には巻機山が……! 岩佐さんのイメージどおりの露天風呂になった。

翌朝、早起きしてもう一度風呂に入った。昨日は夜だから見えなかったが、露天風呂の真ん前に、昨日私が目を離せなかったあの山々がどーんと広がっている。すごいすごいすごい。伐採してくれてありがとう! と叫びたくなる。気持ちが吸いこまれるようなうつくしい絵を真ん前にして湯に浸かっている感じだ。

いや、自然を絵にたとえるのはおかしいのだが、でも、絵画やアート、あるいは小説なんかも、きっとこういう、明日には変わってしまう景色、自分のものにはできない大いなるものを、永遠に自分の元に置いておくために生まれたのではないか、などと、鳥の声を聞きながら考える。

そうか、これが、浴室を引き離し、杉を伐採してまで、岩佐さんが見せたかった、新潟のうつくしさなのだな。

西福寺開山堂の天井の彫刻

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“日本のミケランジェロ”石川雲蝶

Information

【里山十帖】

address:新潟県南魚沼市大沢1209-6

tel:025-783-6777

access:JR大沢駅から車で約5分

web:www.satoyama-jujo.com


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