新潟のつかいかた

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山田五郎さんと行く新潟、建築旅。
新潟生まれの建築家・
前川國男の〈新潟市美術館〉へ | Page 2 Posted | 2020/10/23

動線をつくり、空間をやわらげる“アールの妙”

エントランスに戻って館内を進み始めた山田さん。が、またすぐに足が止まります。「ほら、あそこ。天井に近い壁の角がアールになってる!」。山田さんの指差すほうを眺めると、確かに壁が緩やかにカーブしています。

白壁につけられたアールを指差す山田さん
山田さんが気づいたエントランスホールの天井に近い白壁につけられたアール(曲線)。

「この美術館には至る所にこうしたアール(曲線)の処理があるんですよ」と星野さん。「こうした角をとる施工は、現場においてはひと手間かかる大変な作業。でも、ここが曲線になっていることで、エントランスホールの空間にやわらかさが生まれるんです。ちなみに前川さんはこのホールの広さを“たぶたぶ”と呼んでいたそうです。たっぷりと余白のあるホールという意味だと思うのですが、おもしろいですよね」

階段の曲がり角や展示室の角が緩やかにカーブしているのも、その先の空間へとやさしく導く効果や、内部にいる人に包み込まれるような居心地の良さを感じてもらう意図があるからだと星野さんは言います。

そう聞くと、アールの壁に誘われるような感覚に。そのまま進んだ山田さんの前には、館内を貫く大きな廊下が現れました。

緩やかな上り坂になっている廊下
展示室へと続く、緩やかな上り坂になっている廊下。天井にも、ほんのわずかにアールがかかっている。

「これはまたいい空間ですね」と笑顔になる山田さん。手すりに触れ、壁や床のタイルを愛でながら、ゆっくりと廊下を進んでいきます。この上り勾配には、展示室への期待を高める効果もあるそうです。

「この傾斜はもともとの地形を生かしてのものなんですか?」という山田さんの鋭い質問に「はい、そうなんです。当館の展示室はエントランスから1メートル、館前の道路からは2メートル高い場所に設計してあります」と星野さん。

〈新潟市美術館〉があるのは海から約300メートルの土地。この一帯は“新潟島”と呼ばれ、中州のように砂が溜まって生まれた土地で、美術品を安全に保管するためにもなるべく水面から高い場所に展示室をつくる必要があったといいます。

「だから『山の庭』の奥にある塀の下に、砂丘のような斜面があったのですね」と山田さん。建築をつぶさに見ることで、この土地の特徴もわかってきました。

ペンキ屋さんになりたかった前川の色遊び

前川は「建築家にならなかったら、僕はペンキ屋さんになりたかった」と言うほど、色彩感覚にすぐれた建築家でもありました。

「色遣いのセンスにも、師であるル・コルビュジエの影響を感じます」と山田さん。例えば水飲み場の壁はこの通り。からし色の壁の一部が鮮やかな青に塗られています。日本人離れした軽快な色使い。「前川さんのポートレートを見ると、とてもおしゃれな人だったことがわかるんです。かっこよくジャケットを羽織って、首元には蝶ネクタイ。本当の意味でセンスのいい方だったのだと思います」

鮮やかなブルーと黄色の壁
前川は既製の塗料から色を選ぶのではなく、オリジナルの配合によって自らのイメージに合う色を探求したという。

館内を歩くときのもうひとつの楽しみが家具や什器です。これらもすべて、前川の指示で選ばれたもの。展示室前のカウンターや、休憩スポットに置かれた低いスツールとテーブルは、前川が信頼した山形県の家具メーカー〈天童木工〉が製作しています。

「こうした隅々まで自ら手がけることで前川建築らしさが生まれるのだと思います」と星野さん。その言葉に、美術評論家として国内外の美術館を訪れてきた山田さんも、深く頷きました。

展示室の前のカウンター
展示室の前にあるカウンターも〈天童木工〉製で、角にはアールがついている。
〈天童木工〉製のスツール
〈天童木工〉製の低いスツール。脚の形状を新潟市美術館の空間に合わせてデザインし直している。当時の座面はグレー、今は張り替えて鮮やかに。
金色の時計
館内にかかっていた金色の時計。新潟県内で前川が手がけたほかの建築にも、この時計があった。

山田さんが惹かれた比率の美

館内を見学し終わり、再び中央の廊下に戻ってきた山田さん。今度は下り坂をゆっくりと、メインロビーに向かって進みます。

目線の先には、黒いサッシが際立つ大きなガラス窓。サッシの縦横比までが微妙なバランスでデザインされています。「この比率が、実に絶妙なんですよ。“前川モジュール”とでも言えばいいのかな」と山田さん。モジュールとは建築における基準寸法のこと。「先日、前川さんが設計に関わった東京の〈国際文化会館〉に行ってきたんですよ。そこで感じたのも比率の美しさ。ル・コルビュジエが”モデュロール“と呼んだ黄金比を、前川國男はより日本人の体格に合った比率で実現しています」

ロビーの窓
展示室側から見た廊下の突き当りには、スチールサッシの比率が美しいロビーの窓が。窓の向こうには前川が美術館と同時に設計した西大畑公園が見える。
メイン廊下の壁と床のタイル
メイン廊下の壁と床のタイル。目地部分まで一体で焼かれたタイルを縁だけ重ねて貼っているのがわかる。床と接する部分には、微妙な傾斜に合わせて針のように細くカットする職人技が。
館内を歩く山田さん
「この美術館は職人があちこちで泣いているね〜(笑)」と山田さん。

あらためて廊下を歩きながら「やはりこの空間が、美術館の設計を考えるときの軸となっていたんでしょうね」と山田さん。そして「そうか!」と思いついたようにエントランスを眺めました。「どうしてエントランスを建物の側面に斜めにつけたのか、わかったような気がします。まず、側面につけたのは、この廊下から突き当りの窓越しに公園へと続く眺めを生かしたかったから。この廊下は、美術館と公園をつなぐ視線の架け橋なんですよ。正面のあの窓がある部分にエントランスを設けたほうが合理的ですが、それだと出入りする人々が眺めを妨げてしてしまうので、あえて側面にもってきた。で、それを斜めにしたのは、入口を少しでも公園側に向けると同時に、この廊下へとスムーズに導く動線をつくるためだったんじゃないでしょうか。ほら、エントランスにあの角度がついていると、館内に入ったときにちょうど正面に廊下の入口が見えるでしょ?」
山田さんの発想に「確かに! 私にとっても気づきになりました」と星野さんもうれしそう。

建築家の意図を考えながら美術館を見学する楽しさを教えてくれた山田さん。さらに深く前川國男と新潟の関係を探るため、幼い前川が家族とともに訪れたという〈イタリア軒〉へ向かいました。

壁に展示された新潟の風景写真

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新潟の風景とは?


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