新潟のつかいかた

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山田五郎さんと行く新潟、建築旅。
新潟生まれの建築家・
前川國男の〈新潟市美術館〉へ | Page 3 Posted | 2020/10/23

前川の記憶に刻まれた、柳都・新潟の風景

美術館を後にして山田さんが向かったのは、新潟市の中心市街地にある古町エリア。花街の歴史が残るこの場所に、145年の歴史がある〈イタリア軒〉というホテルがあります。今はホテルですが、かつてはイタリア人が営む西洋料理店。前川の記憶にはその空間の印象がしっかり刻まれています。

“羽板を張った洋館で、玄関の上にバルコニーがあってね。そこへ主人が出てきて話してたのを覚えているよ”と生前のインタビューで語る前川。

「ならば僕らも行かなくちゃね! だって、かつてのイタリア軒は“新潟の鹿鳴館”と呼ばれていた建築なんでしょう?」と山田さん。

前川がいた頃の新潟市内はどんな様子だったのかも教えてもらうことにしました。

ホテル2階のギャラリーコーナー
明治14年頃の初代イタリア軒の建物。開港5港のひとつである新潟港があり、西洋文化も身近だった。

山田さんが案内されたのはホテルの2階のギャラリーコーナー。ここにはおよそ100年前の新潟のまち並みを記録した貴重な写真が展示されています。ここでは〈新潟市美術館〉の元学芸員で、現在は〈新潟市新津美術館〉の館長である松沢寿重さんが教えてくれました。

かつての新潟には掘割(ほりわり)といって、地面を掘ってつくった水路が巡らされていました。それこそヴェネチアのような水の都だったのです。

「今はそれを埋めて道路になっているんですね。水路のある新潟を見てみたかったなぁ」と悔しがる山田さん。掘割に沿って植えられていたのは風情ある柳の木。その風景から、新潟を“柳都(りゅうと)”と呼ぶこともあったそうです。

〈新潟市美術館〉とその向かいの西大畑公園が前川による敷地設計であることは、学芸員の星野さんに教えてもらいましたが、そのときに目にとまったのが公園内の掘割と柳。あれは前川がかつての新潟の風景を思い、敷地に再現したものだったのです。

「今も新潟市街地には柳の木が残っています。ここイタリア軒が面している大通りにも、柳の木が並んでいるので、前川さんがみた風景を少しは想像してもらえるんじゃないでしょうか」と支配人の板屋越(いたやごし)澄男さん。

壁に展示された新潟の風景写真
1900年代初頭の新潟の風景。まちのあちこちに掘割が巡らされていた。

土木で新潟のまちを救った、父・貫一の存在

また、〈イタリア軒〉では前川の父・貫一についても話を聞くことができました。

貫一は内務省土木局の技師として新潟に赴任し、信濃川を氾濫させないための「大河津分水路」をつくる大規模プロジェクトを担った技術者のひとりでした。

「大河津分水路、初めて聞きました」と前のめりになる山田さん。暴れ川として知られていた信濃川は、明治29年に”横田切れ“と呼ばれる堤防決壊で越後平野が泥の海になる大洪水を起こしてしまいます。その教訓から生まれたのが、信濃川の下流にある大河津分水路。海へと水を逃がす水路のおかげで、新潟市は人が安心して暮らせるまちとして発展を遂げることができたのです。

お父さんっ子だったという前川は、父の膝に抱かれて聞いた「お前は家を建てる人にならないかなあ」という言葉に導かれるように、建築家を目指すことになります。

新潟市というまちの土台を整えた父・貫一は、前川にとって生涯、大きな存在だったのではないでしょうか。

受け継がれてきたミートソースの味

新潟市の歴史と、前川親子の物語を聞いた山田さん。ホテル内のレストラン〈マルコポーロ〉に当時から変わらぬレシピでつくる名物パスタがあることも教えてもらい、ここでランチをいただくことにしました。

メニューには気になる料理がいくつも。「伝統のチキンカレーも気になるけど、イタリア軒だけにここはやっぱりパスタかな。伝統のボロニア風ミートソースをひとつ、お願いします!」

ボロニア風ミートソース
マンマの味という表現がぴったりのやさしい味わい。レシピは創業当初から変わらない。

運ばれてきたのはシンプルなラグーソースのパスタ。ソースはあらかじめ、パスタにしっかりと和えてあります。ひと口食べた山田さんは「これはやさしい味だなぁ」としみじみ。自然な甘みは野菜をじっくり煮込んで引き出したもの。弱火でコトコト2時間近く火を入れ、休ませてまた火を入れる。完成まで丸2日間も煮込むそうで、それが深い味わいとなるのです。

レシピ書
〈イタリア軒〉の味を伝える1920年に書かれたレシピ書。
「伝統のボロニア風ミートソース」
〈イタリア軒〉のレストラン〈マルコポーロ〉の「伝統のボロニア風ミートソース」1200円。

〈新潟市美術館〉の仕事で訪れるたびに前川は〈イタリア軒〉を常宿としていたといいます。巨匠も味わったかもしれない伝統のひと皿で、お腹も心も満たされた山田さん。「掘割があって”柳都“と呼ばれた時代の新潟のまち並みや、横田切れと大河津分水路の歴史を知れて、勉強になったなぁ」と満足気です。

建築家・前川國男について学びながら、新潟の歴史や風土についても知ることができた今回の旅。それは“自ら足を運ぶことの大切さ”に気づかされる時間でもありました。

翌日は、長岡市にある知られざる前川建築や、伊東豊雄や新居千秋といった現代の巨匠の作品を巡ることに。建築旅はまだまだ続きます!

Information

【新潟市美術館】
address:新潟県新潟市中央区西大畑町5191-9
tel:025-223-1622
access:JR新潟駅から車で約10分
web:新潟市美術館 公式サイト

Information

【イタリア軒】
address:新潟県新潟市中央区西堀通7-1574
tel:025-224-5111
access:JR新潟駅から車で約10分
web:イタリア軒 公式サイト

山田五郎さん

Profile 山田五郎

1958年東京都生まれ。上智大学文学部在学中にオーストリア・ザルツブルク大学に1年間遊学し、西洋美術史を学ぶ。卒業後、講談社入社。『Hot-Dog PRESS』編集長、総合編纂局担当部長等を経てフリーに。時計、西洋美術、まちづくりなど幅広い分野で執筆活動や講演を続ける。主な出演テレビ番組に「出没! アド街ック天国」「ぶらぶら美術・博物館」、レギュラーラジオ番組に「山田五郎と中川翔子の『リミックスZ』」がある。

credit text:内田有佳 photo:ただ(ゆかい)