新潟のつかいかた

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新潟の発酵を巡る旅 -中越編- Posted | 2021/10/15

新潟の発酵食文化を巡る旅、中越編の舞台は長岡市の摂田屋(せったや)エリアです。水質の良さから味噌や醤油、清酒などの醸造業が栄え、江戸時代には信濃川の舟運によってさらに発展しました。現在でも5つの蔵が味噌、醤油、清酒などを醸造し、薬草酒として知られる「サフラン酒」の蔵も現存しています。さらに、近年では酒ミュージアムや発酵ミュージアムがオープン。進化する“発酵の聖地”、摂田屋に息づく発酵物語を訪ねに出かけましょう。

醸しの香りが心地いい〈越のむらさき〉

摂田屋は旧三国街道沿いにあり、奈良・平安時代の山伏や僧侶のための無料宿泊所「接待屋」が地名の由来といわれています。最寄りは、信越本線と上越線が重なる宮内(みやうち)駅。雪除けの雁木(がんぎ)と呼ばれる庇(ひさし)が残る商店街を約10分歩けば、摂田屋の入り口にあたる交差点に到着します。

旧三国街道
大名行列もとおったことから別名「殿様街道」とも呼ばれる旧三国街道。摂田屋は天領に組み込まれていたため、殿様も籠から降りて歩いていたという。

太平洋戦争の空襲被害を逃れたまちで、風情にあふれています。旧三国街道入り口に立つ〈竹駒稲荷〉は、珍しい親子の狐様。五穀豊穣、商売繁盛、安産の神である狐様をお参りし、旧街道散歩のスタートです。

竹駒稲荷

旧三国街道の分岐点には、長岡藩時代の1831(天保2)年創業の醤油醸造元〈越のむらさき〉があります。歴史を感じるレンガ造りの煙突がひときわ目を引く土蔵は、母屋とともに国の登録有形文化財に登録されています。残念ながら現在、工場内の見学は休止中ですが、商品を購入することができます。

〈越のむらさき〉外観

ロングセラー商品の〈特選かつおだし 越のむらさき〉は、厳選した国内産かつお節を使ったこだわりのだし醤油。1970年頃、だし醤油の先駆けとして誕生しました。かけるだけでなく煮物などさまざまに使える万能調味料で、「一度使ったらほかを使えない」という声もよく聞きます。

〈越のむらさき〉の醤油各種

1877(明治10)年竣工の現在の社屋の前には辻地蔵が鎮座。台座の石には「右ハ江戸、左ハ山路」と刻まれ、旅人の道しるべになっていたそうです。今でも柔和な笑みで旅人を見送っています。

社屋の前の辻地蔵

Information

【越のむらさき】
address:新潟県長岡市摂田屋3-9-35
tel:0258-32-0159
営業時間:9:00~17:00(見学は現在休止中)
定休日:土・日曜・祝日
web:越のむらさき

味噌と醤油の〈星野本店〉

〈越のむらさき〉から漂う蒸した火入れをした醤油の香りを背に、上機嫌でくんくんと鼻をきかせながら旧三国街道をしばらく歩くと、十兵衛小路にぶつかります。ここを右へ行けば味噌屋の〈味噌星六〉、左へ行けば味噌と醤油の〈星野本店〉があります。左へ曲がり、まずは〈星野本店〉へ。

〈星野本店〉外観

醤油の香ばしい香りを追いかけて、〈星野本店〉に到着しました。こちらも長岡藩時代の1846(弘化3)年に創業。当初、味噌は家庭でつくるものだったため、醤油醸造からスタートしました。その後、味噌づくりも行うように。前工場長の中澤信吉(しんきち)さんは黄綬褒章を受章したほどの熟練者で、その匠の技を受け継いだ蔵人が〈星野本店〉の味を今に伝えています。

「味噌も醤油も通り一遍ではない、きめ細かなつくりにこだわっています」と社長の星野孝さん。味噌にしたときの味と香りを追求し、大豆の処理は「半煮半蒸し」の基本を踏襲しながら、糀歩合などの違いによって、割合や時間を微妙に調整しています。

味噌にしたときの味と香りを追求し、大豆の処理は「半煮半蒸し」の基本を踏襲しながら、糀歩合などの違いによって、割合や時間を微妙に調整しています。

現在ではロングセラーの〈越後ふるさと味噌・赤味噌〉、〈白雪・淡色味噌〉のほか、有機栽培大豆を使用した〈天恵蔵元〉、県産大豆を使用した〈越の天恵〉など5種類の味噌を販売。〈味噌5種セット〉もあるので食べ比べてみるのもおすすめです。

〈星野本店〉の味噌各種
フリーズドライの〈越の天恵〉のおいしさも評判。一度味わうとリピートしたくなる。

醤油も用途によってさまざまな種類を製造。〈うすくち こはく〉は「栃尾の油揚げ」や卵かけご飯によく合います。

〈星野本店〉の醤油各種

味噌、醤油とともに人気なのが「白だし」。以前、星野さんの奥さまから「ぜひ試してみて」とレシピをいただきつくったオニオングラタンスープが絶品でした。ソウダカツオなどの3種類のだし、赤穂の塩、コンブエキスとこだわり抜いた材料だから成せる技です。

大正末期建造の和洋折衷の応接室や、蔵の梁を再利用したテーブルやいすなど、歴史ある空間も魅力的。敷地内にある土蔵の「三階蔵」は、イベントなどに合わせてギャラリーとしても開放されています。見学希望の場合は事前に相談を。

三階蔵
衣装蔵として使われていた、珍しい土蔵の「三階蔵」も必見。

Information

【星野本店】
address:新潟県長岡市摂田屋2-10-30
tel:0258-33-1530
営業時間:9:00~17:00
定休日:日曜・祝日・土曜は不定休
web:星野本店オンラインショップ

歴史を礎に挑戦する〈長谷川酒造〉

〈星野本店〉の並びには、レトロなレンガ塀が印象的な〈長谷川酒造〉があります。創業は1842(天保13)年、代表銘柄は作曲家の遠藤実が命名した〈越後雪紅梅(えちごせっこうばい)〉。1886(明治19)年に建てられた母屋は国の登録有形文化財に登録されています。10月から2月の仕込み期間を除き、酒蔵見学も可能(要予約)で、お酒を購入することもできます。

〈長谷川酒造〉外観

代々続くお酒づくりと並行して、今季から就任した若手杜氏のもと、新たな取り組みにも積極的です。「長岡ならではの土産になる地酒を」ということで、地元在住のイラストレーターもりとしのりさんとコラボした「四季を旅するお酒」の秋バージョン〈稲刈り日和〉が10月末まで販売中です。冬版は11月中旬発売予定。使用する酒米や製法も季節ごとに変えています。長岡の四季を楽しみながら季節ごとの味わいを堪能したいですね。

〈長谷川酒造〉の地酒4種

Information

【長谷川酒造】
address:新潟県長岡市摂田屋2-7-28
tel:0258-32-0270
見学可(10月~2月の仕込み期間を除く、要予約)販売は平日9:00~17:00
web:長谷川酒造オンラインショップ

昔ながらの味わいを追求する〈味噌星六〉

〈味噌星六〉外観

再び十兵衛小路へ戻り、商店街からつながる通りに面した次なる味噌店〈味噌星六〉へ。明治時代に〈星野本店〉から分家し、1975(昭和50)年に伝統食品の販売店として現社長の星野正夫さんが創業。無農薬・無添加原料にこだわり、江戸時代から各家庭に伝わる昔ながらの製法を取り入れ、長期熟成のコクと旨みのある味噌をつくっています。

社長の星野正夫さん
社長の星野正夫さん。「昔ながらの製法で旨みや味噌の個性を楽しんでほしいですね」
それぞれの味噌について説明する星野さん
それぞれの味噌について星野さんが丁寧に説明してくれる。

基本は越後味噌の赤ですが、米糀をたっぷり使った〈米味噌〉や、米糀に豆糀を加えた〈こだわり味噌〉〈昔造り味噌〉、健康志向のお客さまに対応する大麦糀を使った〈麦味噌〉など、それぞれ1年から3年ものまでを販売しています。原料の大豆の処理方法も、つくる味噌によって蒸したり煮たり変えているそう。

〈味噌星六〉の味噌5種
21年10月には〈こだわり味噌〉の8年ものもデビュー予定。通販でも購入可能。

さまざまな種類のこだわり味噌から3~4種類を選べるお試しセットで、好みの味を見つけてみるのもおすすめです。

Information

【味噌星六】
address:新潟県長岡市摂田屋4-5-11
tel:0258-32-6206
営業時間:9:00~18:00
定休日:日曜
web:味噌星六

摂田屋のシンボル〈鏝絵蔵〉

〈味噌星六〉から、商店街を宮内駅方面へ1分ほど戻ると、左手に〈旧機那サフラン酒本舗〉の主屋と、美しい漆喰装飾「鏝絵(こてえ)」が施された〈鏝絵蔵〉があります。ここは薬用酒であるサフラン酒の蔵元。

〈鏝絵蔵〉外観

香辛料としても用いられる「サフラン」や桂皮、丁子など20種類以上の植物を使った薬草酒〈機那サフラン酒〉は、吉澤仁太郎が1884(明治17)年、21歳のときに製造を始め、薬用酒として有名な〈養命酒〉と人気を二分するほどだったそうです。

機那サフラン酒

土蔵に施された見事な鏝絵は、漆喰に鏝(こて)を使って施す装飾のひとつで、富山県で技を習得した左官屋の河上伊吉が描いたものです。動植物や霊獣、恵比寿大黒などが、土蔵の内外にびっしりと施されています。これほど保存状態の良いものはあまりないともいわれ、貴重な芸術作品としての存在感も放っています。

土蔵に施された鏝絵
2006(平成18)年に登録有形文化財に登録された〈鏝絵蔵〉は、摂田屋のシンボル。

財を成した仁太郎は明治の終わりから昭和初期までに敷地内に米蔵や衣装蔵など10の蔵を建て、その後はNPO法人による保守活動が進められてきました。そして2018年に長岡市が敷地と建物一式を取得し、整備を進めています。

その第1弾として2020年10月17日にオープンしたのが〈摂田屋6番街発酵ミュージアム 米蔵〉です。

多角的に摂田屋の魅力を発信する〈摂田屋6番街発酵ミュージアム・米蔵〉

もともと米蔵として使われていた建物の骨格を生かし、リノベーションした〈摂田屋6番街発酵ミュージアム・米蔵〉。摂田屋の調味料を活用したメニューが楽しめるカフェや、「発酵」を学べるラボ、長岡出身の絵本作家・松岡達英さんの絵本コーナー、摂田屋の蔵の商品やオリジナルグッズを物販するコーナーなどがあります。

〈摂田屋6番街発酵ミュージアム 米蔵〉の内観

飲食ができる〈おむすびと汁と茶 6SUBI(むすび)〉では、摂田屋をはじめとした発酵文化を生かしたおむすびや、摂田屋の味噌の味比べができる〈味噌汁BAR〉などが楽しめます。各蔵とのコラボスイーツなどもシリーズで展開しています。

味噌汁BARコーナー

物販コーナーではここだけでしか買えない、鏝絵をモチーフにしたお酒のシリーズも登場し、摂田屋の観光スポットとしてますます注目を集めています。発酵に関するイベントなども企画されているので、さまざまな角度から発酵の奥深さや魅力を体感できそうです。

鏝絵をモチーフにしたお酒のシリーズ

Information

【摂田屋6番街発酵ミュージアム・米蔵】
address:新潟県長岡市摂田屋4-6-33
tel:0258-86-8545
営業時間:9:00~17:00
定休日:火曜(祝日の場合は翌日)
web:摂田屋6番街発酵ミュージアム・米蔵

Information

【おむすびと汁と茶 6SUBI】
address:新潟県長岡市摂田屋4-7
tel:0258-86-8545
営業時間:9:00~17:00(16:30L.O.)
定休日:火・水曜
web:おむすびと汁と茶 6SUBI

酒を知り、遊び、味わう〈吉乃川酒ミュージアム 醸蔵〉

米蔵の向かいには1548(天文17)年創業の県内最古の酒蔵〈吉乃川〉があります。代表銘柄は〈吉乃川〉。敷地内から汲み上がる〈天下甘露泉〉を仕込み水に、長年培われた伝統の技を使って地酒を醸し続けています。

〈吉乃川酒ミュージアム 醸蔵〉外観

敷地内には2019年秋に〈吉乃川酒ミュージアム 醸蔵〉がオープン。酒造道具の展示や映像、酒づくりゲーム、〈SAKEバー〉での有料試飲などが楽しめます。

〈吉乃川酒ミュージアム 醸蔵〉内観

観光施設としての役割だけでなく、蔵元の思いは別にありました。

「地元摂田屋の人たちが、いつでも気軽に立ち寄れる、そんな場所になってほしい」(峰政祐己社長)。

オープンから約2年。ベビーカーを押した女性が来館し、ノンアルコールの麹甘酒を購入していくなど、地元の人たちにも身近な存在になりつつあります。もちろん、観光スポットとして県内外から熱い視線が集まっていることも間違いありません。

館内ではクラフトビールも醸造しており、〈摂田屋クラフト〉はペールエール、ヴァイツェンにIPAも加わり、「ジャパン・グレート・ビア・アワーズ」ではすべてが受賞。日本酒とともにクラフトビールの飲み比べも楽しんでみたいですね。

館内のクラフトビール醸造所

Information

【吉乃川酒ミュージアム 醸蔵】
address:新潟県長岡市摂田屋4-8-12
tel:0258-77-9910
営業時間:9:30~16:30(〈SAKEバー〉は16:00L.O.)
定休日:火曜(祝日の場合は翌日)
web:吉乃川公式オンラインショップ

新たなスポットが加わると同時に、念願の公共駐車場も完備された摂田屋。ますます訪れやすくなりました。とはいえ、やはり一押しは宮内駅からの「発酵散歩」。ほどよい距離、範囲にこれだけのストーリーが詰まっている場所はなかなかありません。訪れるたびに新しい発見がある発酵エリアへ、ぜひ足を運んでみてください。

credit text&photo:『新潟発R』編集部