スパイスを通じて
文化をミックスさせていく
「山崎さんがつくる三条産のウコンと出会ったことで、健康的なスパイスと地元野菜を中心とした、ここでしか食べられないカレーを提供しよう、スパイス文化を発信しようという想いが固まって、私たちは進みだしました」
リサーチと研究を重ねるたびに、山倉さんと伊藤シェフのなかでスパイスに対する概念はどんどん拡大していきます。と同時に、それは新潟の食材を見つめ直す作業にもつながっていきました。
「〈ステージえんがわ〉の近所に600年続く歴史ある朝市が2と7のつく日に行われているんですが、その朝市で並ぶ地元の食材からもかなりインスピレーションを受けました。
例えば打ち豆や切り干し大根。これは雪国ならではの新潟の保存食なのですが、スパイス料理ととても相性が合うんじゃないか? と。その後に監修したのが、〈三条スパイス研究所〉の看板商品でもある、三条産ターメリックチップ入り打ち豆と干し大根のイエローカレーです」
“にほんのくらしにスパイスを”。この三条からスパイス料理を世界に発信していく。こうして〈三条スパイス研究所〉は、〈ステージえんがわ〉内の食堂として2016年3月27日にオープン。屋内は持ち込みOKで、誰でも自由に利用でき、今ではお散歩コースとして、近所の保育園の子どもたちが屋内を歩いていく姿も日常の風景になっています。
三条市地域おこし協力隊の堀田麻衣子さんが、「シェフがキッチンで仕込みをしていると、学校帰りの子どもたちが何か手伝うことはない? と言ってきてくれたり、宿題をしていたり。そういう風景が当たり前になっています」と話すと、
「個人的にいいなあと思っているのは、朝ごはんの文化が生まれたこと。近所の朝市が開催されるときに〈三条スパイス研究所〉では、和食を中心としたワンコインのあさイチごはんを展開しているんです。最高で2時間のあいだに150人ほどのお客様が来店。そこでは見知らぬおばあちゃんと若者が挨拶しながら会話を重ねていたり、地域の出会いの場、交流の場に自然となっているんです」と、山倉さん。
自分が来たい場所か。自分の親を連れていきたい場所か。そして自分が高齢者になったときに来たい場所であるかどうか。世代を超えて集うべき場所の再定義を繰り返しながら、山倉さんは今もこの場所を育んでいます。
「“世界中見渡しても、ターメリック畑が見えるレストランは、ここだけなのでは?”と、いろんなお客さまに言われてうれしかったです」
現在、〈三条スパイス研究所〉敷地内の畑でウコンを育てています。山崎さんとの出会いがきっかけとなって、〈ステージえんがわ〉を設計した手塚建築研究所の手塚貴晴さんの提案で、レストラン部分の窓から見える土の広場に、ウコン畑をつくったのです。
「山崎さんが栽培しているウコンとできる限り同じ環境で育てたい。そのため山崎さんの畑の土の成分解析からスタートしたのですが、土づくりは本当に難しかったです。土地の力で農産物は育っていく。その当たり前の難しさをあらためて感じました」
ウコンづくりのレクチャーを担当するのは、山崎さんとサポートとして入る若手農業者。この畑での経験をもとに、今では自宅でウコンの種芋を植えつけて栽培し、収穫したウコンを酢漬けや焼酎漬けにしたりする参加者もいるんだとか。三条スパイス研究所から生まれた物語は、多くの人の物語にもなりつつあります。
「弟子もいない、自分が辞めたらそれで終わりだと思っていたウコンづくりを続けてきて、こんなかたちで広がっていくとは思ってもみませんでした。私自身、カレーは好きだからうれしいですね。でもここで食べるカレーは、いつも家で食べているカレーと全然違う味で、意外な味がするんですよ」
それはどこまでも飄々としている山崎さんから、笑顔がこぼれた瞬間。新しい食の入口がひらいていく。それもまたこの場所の役割です。山倉さんは言います。
「まちづくりってまっすぐな線ではできないですよね。実はこのマークも、そういう意味でガタガタとノイズが入った線をしています。さまざまな世代や価値観があって……。これからのまちづくりは、いろんな人が多彩なスパイスのように混じって中心に向かって自然と集まり、そこから新しい風味が生まれていくようなものだといいなと思うんです」
どんな人たちの個性が調合されて、このまちが変わっていくのか。ひとりひとりがその当事者となる場所が、〈三条スパイス研究所〉なのです。
Information
credit text:水島七恵 photo:ただ(ゆかい)