北方系と南方系の両方の果物が育つ、佐渡島。暖流と寒流が交わり、植生分布の北と南の境界線とされる北緯38度線上に位置することが理由といわれています。島を代表する〈おけさ柿〉をはじめ、新潟県特産の西洋梨〈ル レクチエ〉やさまざまな種類のリンゴや梨、〈小木ビオレー〉などのイチジク、イチゴの〈越後姫〉、ネクタリン、キウイフルーツ、レモン、そしてパッションフルーツまで。佐渡で秋から冬に楽しめる果実の生産者を訪ね、フルーツアイランドを体感しました。
「西洋梨の貴婦人」とも呼ばれる〈ル レクチエ〉
〈ル レクチエ〉は西洋梨の一種で、新潟県では1903(明治36)年にフランスから苗木が持ち込まれたことから栽培が始まりました。現在では全国の8割以上を新潟県で栽培し、「にいがたフード・ブランド」にも認定されています。
芳醇な香りと、つややかでみずみずしい果肉、口の中でとろける食感をもち、「西洋梨の貴婦人」とも呼ばれているそうです。その豊かな香りを求めて、20数年前から栽培が始まった島南部の羽茂(はもち)地区にある〈吹上農園〉を訪ねました。
迎えてくれたのは4代目の吹上清さん。専門学校進学とともに島を出て、約20年東京で暮らしていた清さんは、5年前に両親の高齢化と2人目の子どもが産まれたのをきっかけに島に戻り、父の順一さんとともに〈ル レクチエ〉と〈おけさ柿〉を栽培しています。
さっそく〈ル レクチエ〉の園地へ案内いただくと、収穫前の果実は袋の中……。繊細な果肉の〈ル レクチエ〉、果皮に傷が付かないよう6月頃にひとつひとつに袋を掛けるんだそうです。
収穫は10月下旬。果皮が緑の状態で収穫した後、追熟保存をして、きれいな山吹色になったら出荷します。山形特産の西洋梨〈ラ フランス〉は収穫から出荷までほとんど果皮の色が変わらないので、同じ西洋梨でも異なる点です。
〈吹上農園〉は、「新潟県ル レクチエ品評会」で2017年~2019年まで3年連続、「優秀賞」もしくは「優良賞」を受賞しています。
「羽茂の土は粘土質。その土の性質から、この地域の〈ル レクチエ〉はきめが細かく、果肉はメルティング質ともいわれる、とろけるような滑らかな舌ざわりが特徴です」
と、3代目の順一さんが教えてくれました。
現在、順一さんは20軒余りが所属する〈羽茂ル レクチエ生産組合〉のメンバーとして、視察などにも参加し、ほかの生産者と情報交換をしながら、羽茂産のル レクチエの質を高めようと取り組んでいます。
質の高いル レクチエを栽培するために大切なことは「一本一本の木の個性を把握し、剪定も肥料のやり方も変えていくことです。好奇心を持って観察することが大事ですね」と順一さん。
栽培と同じくらいに重要な追熟は、予冷(冷却処理)や冷蔵貯蔵はせず自然追熟させています。「予冷をかけてしまうといっせいに色がつき、肉質の食べ頃がついてこないこともあります。自然な環境の中で一個一個の変化を逃さず、最適な出荷時期を見極めています」(順一さん)
収穫から出荷まで、果実ひとつひとつと向き合う日々が続きます。
毎年の〈ル レクチエ〉の解禁日は11月20日前後。今年もあの芳醇な甘い香りが待ち遠しいです。
佐渡を代表する果実〈おけさ柿〉
〈吹上農園〉では130アールの畑で、〈おけさ柿〉も栽培しています。
〈おけさ柿〉は新潟県が誇るブランド柿。民謡「佐渡おけさ」から命名された種のない渋柿で、9月末から10月末頃まで出荷される〈刀根早生(とねわせ)〉と、10月中旬から11月中旬に出荷される主力の〈平核無(ひらたねなし)〉の2品種があります。
吹上さんが所属するJA羽茂のおけさ柿選果場では400名を超える生産者の〈おけさ柿〉を取り扱っており、出荷量は県内の約60%を占めています。約90年の歴史をもつ最大産地で、規格選別を徹底した〈〇は(まるは)〉ブランドで知られています。
生産者たちが試行錯誤を重ね、アルコールと炭酸ガスを併用する脱渋(渋抜き)の技術を確立し、この技術は特許を取得しています。特有の風味とジューシーで滑らかな食感、濃厚な甘みは生産者の努力のたまものです。
〈吹上農園〉では10月上旬から中旬に〈刀根早生〉、10月中旬に〈平核無〉の品種の出荷が始まります。
清さんは自身でホームページやSNSなどを運営し、若い感覚を生かしたPRを展開。新たな世代の顧客を獲得するために販売方法を工夫したり、果実だけでなくグッズの制作販売もしています。
箱パッケージも、4年ほど前に吹上家に迷い込み住み着いた猫の〈バイトくん〉を描いた、シンプルでおしゃれなものに変更しました(贈答用のみ、10kg自宅用を除く)。〈バイトくん〉の動向を、SNSでチェックしている人も多いとか。
清さんは「〈おけさ柿〉がもっている魅力、おいしさは、まだまだ県外では知られていないですね。知ってほしいという思いと同時に、知っている人がもっと楽しんでもらえるようなことを、自分流にやっていきたいと考えています」と語ります。
サイトを見て、都内の有名チョコレート店のパティシエが来園したり、都内のジェラートショップで〈おけさ柿〉が使われるようになったり、反響も出てきています。
〈吹上農園〉では父子それぞれが自分にできることに邁進し、佐渡の〈ル レクチエ〉と〈おけさ柿〉のおいしさを伝えようとしていました。
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