「美食学」や「美味学」と訳され、食事と文化・歴史などの関係を読み解くことを意味する「ガストロノミー」。
日本では、地域の風土、歴史、文化を料理に表現する「ローカル・ガストロノミー」の認証制度が整えられ、豊かな食文化を持つ新潟県にはローカル・ガストロノミーを体験できる飲食店、旅館・ホテル、特産品が数多くあります。
そんな魅力あふれる新潟の食文化を全国、そして世界へ発信していくために、2022年秋に発足したのが「新潟ガストロノミーアワード」です。「新潟ガストロノミーアワード」は、いわば新潟が誇る豊かな食文化を知ることができる食の祭典。せっかく新潟へ行くのなら、各部門の受賞者をチェックして、美食の旅へでかけましょう。
「新潟ガストロノミーアワード」とは?
「新潟ガストロノミーアワード」とは、地域の風土、歴史や文化を料理に表現するという「ローカル・ガストロノミー」の理念をもとに、地域社会との関わりに積極的な新潟県内の飲食店や宿泊施設、お土産品などを発掘し、表彰する取り組みです。
もとをたどると、この「ローカル・ガストロノミー認証制度」は、新潟県、群馬県、長野県の7市町村の有志が雪国観光の誘致施策として2010年に始まった「雪国A級グルメ」プロジェクトがルーツにあります。「A級グルメ」とは、当時トレンドだったB級グルメに対して「永久(A級)に守りたい味」という意味が込められています。
同プロジェクトは、「気候風土にあった昔からの食が失われつつあるなか、その食文化を守り、次世代に残していこう」という雑誌『自遊人』の呼びかけに、雪国の旅館、飲食店、加工食品業者の有志が応えて始まりました。
そんな背景を経て、2019年にローカル・ガストロノミー協会が設立。同協会の代表理事でもあり、「新潟ガストロノミーアワード」総合プロデューサーを務めるのは、雑誌『自遊人』や、南魚沼市にある温泉宿〈里山十帖〉を手がけるクリエイティブディレクターの岩佐十良(いわさ・とおる)さん。
2019年は、新潟県内全域と山形県庄内エリアで「新潟・庄内エリアデスティネーションキャンペーン」や、新潟の各地域に根づく、文化や歴史、風土を「食」を通じて体験するイベント「新潟プレミアムダイニング」も開催されました。
これらの取り組みを踏まえ、新潟の食や酒、プロダクトの魅力を再発見し、つくり手を応援する思いを込めて、2022年に「新潟ガストロノミーアワード」がスタートしました。
「新潟ガストロノミーアワード」で審査されるのは、料理のおいしさやクオリティーだけではありません。「地域の食、さらに食に携わる関連産業などとの連携・取り組み」「サステナビリティー」「フィロソフィー」まで、総合的に評価されます。
特別審査員として集結したのは、各界の第一線で活躍する美食評論家やシェフをはじめとするフーディたち。
「世界のベストレストラン50」ならびに「アジアのベストレストラン50」の日本評議委員長を務める中村孝則さんを審査員長に迎え、副審査員長には、私立青稜中学校・高等学校校長で日本の飲食業界の発展と地位向上に注力している青田泰明さんをアサインするなど、世界の料理に造詣の深い面々を招集しています。
また、そのほかにも地元で活躍する料理研究家などローカル審査員として加わり、厳正な審査が行われました。
新潟県はガストロノミーの先進県
地元の食材を使った料理の担い手を増やすことで、食べる人に興味をもってもらえるだけでなく、ガストロノミーを実感できる飲食店や宿泊施設が増え、食材を生産する1次産業の担い手を豊かにすること、また、食による地域経済循環を目指すことが「新潟ガストロノミーアワード」の目的です。
「『新潟には多様な食文化があり、その魅力が飲食店や宿泊施設に色濃く表れている』と、県外から参加された特別審査員の皆さんは口をそろえておっしゃっていました。
ローカル・ガストロノミーを体現するつくり手の取り組みを旅行者が知ることは、観光コンテンツ拡大のために非常に重要な要素。新潟の食を伝えることで、食を目当てに新潟に訪れる方を増やしていく、とてもいい流れが築けるだろうと考えています」
そう語るのは、「新潟ガストロノミーアワード」を主催する新潟県観光協会の櫻田哲也さん。また、運営事務局の滝沢重雄さんは、
「ガストロノミーアワードの開催は、日本国内では新潟県が初めて。2023年秋には千葉県でも行われ、その動きは全国に広がりつつあります。新潟県は全国に先駆けてローカル・ガストロノミーに注目したガストロノミー先進県。今後さらにその価値は高まっていくでしょう」
と話します。
「新潟ガストロノミーアワード」では、「受賞者には独自の価値観があり、それぞれに違った魅力がある」という考えから順位はつけず、大賞・特別賞が選ばれます。特産品部門で受賞した、妙高市の発酵食品「かんずり」や、鮭のまち・村上市の「鮭の酒びたし」がまさにそう。
一般的なグルメランキングとは違い、創造性や地域性なども加味されている点が「新潟ガストロノミーアワード」の特徴です。
新潟の食文化の豊かさがわかるさまざまな部門
2023年3月に初開催となった「新潟ガストロノミーアワード」では、ローカル・ガストロノミーを体現する「飲食店部門100」「旅館・ホテル部門30」「特産品部門30」の3部門で大賞・特別賞が選ばれました。
応募総数532件のなかから選ばれた合計160の受賞者は、職人技が光る実力派から、知る人ぞ知る隠れた名店・名品まで実に個性豊かです。
第1回「新潟ガストロノミーアワード」の「飲食店部門」で大賞を受賞したのは、〈my farm to table おにや〉(新潟市)。自社養鶏場で育てた地鶏や、「鶏肉の宝石」と称される希少なシャポン(去勢鶏)を使ったメニューが味わえる鶏料理店です。
審査員からは、「料理の独自性や素材のトレーサビリティー、シェフの哲学など、この店を訪れなければ体感できない世界観があり、このガストロノミーアワードの文脈を踏まえても大賞に相応しい」というコメントが出るほど。
そのほかに、寿司店や割烹など高級店が名前を連ねる一方で、ローカルグルメとして親しまれているタレカツ丼の発祥のお店〈とんかつ太郎〉(新潟市)や、燕背脂ラーメンの代表格〈杭州飯店〉(燕市)など、カジュアルな飲食店も選出されています。
「人生に、野遊びを。」という企業理念を体現しながら、地域の魅力を新しいかたちで表現した〈Snow Peak FIELD SUITE SPA HEADQUARTERS〉(三条市)は、「旅館・ホテル部門30」の大賞に選ばれました。アウトドアブランド〈Snow Peak〉が手がけた複合施設であり、大自然の圧倒的なスケール感とラグジュアリーな環境のなかで、温泉、食事、宿泊、と一日中楽しめます。
大賞以下には、温泉県・新潟らしく温泉街の歴史ある旅館・ホテルが数多く選出され、各地域の特色を色濃く表現した施設が選ばれました。
「特産品部門」で大賞を受賞した妙高市の〈かんずり〉は、冬には豪雪地となる新潟県妙高市の伝統的な調味料。唐辛子を雪の上にさらしておく「寒ざらし」を行うことでアクが抜け、旨みを引き出す独特の製法でつくられています。辛味と塩味の絶妙なバランスとコクのある旨みで、和食にも洋食にもマッチする万能調味料は、飲食店でも隠し味としても使用され、料理人から愛用される逸品です。
〈かんずり〉のほかにも、樋木酒造の〈鶴の友〉などの日本酒や「鮭の酒びたし」、佐渡乳業の〈佐渡バター〉と個性あふれる商品が名を連ねましたが、どれも地域に根づいた商品であり、新潟の食文化の豊かさを証明するラインナップとなりました。
新潟の食を勢いづける若手シェフたち
2024年3月に開催された第2回「新潟ガストロノミーアワード」では、新潟県内で活躍する40歳以下の若手シェフを対象に募集・審査が実施されました。
これからの新潟の食を担う40歳以下の若手シェフにクローズアップし、自薦・他薦による一般応募と、審査員の特別推薦によって候補者を選出し、2024年3月13日に授賞式が行われました。
「若手シェフ部門30」で大賞に選ばれたのは、O-35(35歳以上)では〈日本料理 魚幸〉(燕市)の渡邉雄太さん(写真下・上)、U-35(35歳未満)では、〈SAISON〉(新潟市)のミドルミス怜さん(写真下・下)。ともに新潟県出身で、県内外の有名店で修行したのち県内でお店をオープン。創意工夫に富んだ味覚表現を一皿一皿で表現しています。
「県外から参加いただいた特別審査員の方々は『どの店も大変レベルが高い!』と驚かれていました。『この値段で、こんなにも上質な料理が食べられるなんて東京では考えられない』という言葉も印象的でした」
と、審査の様子を新潟県観光協会の櫻田さんは振り返ります。
若手シェフ30名を選出した結果、「新潟の飲食業界の課題も見えてきた」と語ったのは「新潟ガストロノミーアワード」運営事務局の滝沢さん。「このアワードを通して、ガストロノミーの大切さを紹介しつつ、新潟において料理人という職業がどれだけ意義のあるものかを伝えていきたいです。また、料理人とタッグを組む1次産業従事者を発掘し、育てるという意味でも、『新潟ガストロノミーアワード』は大きな力になるでしょう」
新潟県の食の魅力を探求するなら「新潟ガストロノミー」
「新潟県の一番の観光客は、新潟県民」と滝沢さんが言うように、県内でも食文化は多岐にわたり、同じ新潟県民でもまだまだ知らないことがばかり。「新潟ガストロノミーアワード」で選抜された飲食店、宿泊施設、特産品は、観光客だけでなく地域の人たちにとっても新しい発見が得られる機会になりました。
グルメサイトやSNSで人気のグルメももちろんいいですが、もう一歩踏み込んで、地域や文化と密接に関係する新潟県の食の魅力を探求するには、「新潟ガストロノミー」を活用しない手はないでしょう。
credit text:松永春香