新潟のつかいかた

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8000年の時間と
先人の知恵が育てた
暮らしと文化。
雪国で本来の自分を取り戻す
〈雪国リトリート〉 Posted | 2024/12/20

雪国で育まれた知恵と文化を観光資源に

新潟県内のポスターやパンフレット、ウェブなどで目にする〈雪国観光圏〉をご存知ですか? 雪国観光圏とは、新潟県を含む3つの県にまたがる7つの市町村が連携した観光圏のこと。雪深い地域の暮らしや文化といった地域資源を生かし、次世代へつなげる活動をしています。

雪国観光圏を構成するのは、新潟県魚沼市、南魚沼市、湯沢町、十日町市、津南町に加えて、群馬県のみなかみ町と長野県の栄村という3県7市町村です。湯沢町の温泉旅館〈HATAGO井仙〉と南魚沼市の古民家ホテル〈ryugon〉を営み、プランナーとして雪国観光圏を立ち上げた井口智裕さんは「この地域の風景には世界的に見ても価値がある」と話します。

一面雪に覆われた南魚沼市の景色
一面雪に覆われた南魚沼市の様子。八海山や巻機山などの山々が連なる絶景。

雪国観光圏の地域が位置するのは北緯37度。世界を見ると、ほぼ同じ緯度にあるのはアメリカのサンフランシスコやポルトガルのリスボン、ギリシャのアテネなど、比較的温暖な都市です。

世界的には暮らしやすいイメージのある北緯37度上にあり、しかも東アジアの島国である日本。その日本の新潟で毎年冬に3メートル近くも雪が積もるにも関わらず、たくさんの人が暮らしていることは、多くの外国人にとって想像しがたいほど、珍しいことなのだとか。

そもそもこの地域の冬に雪がたくさん降る気候は、8000年前の縄文時代から続いています。当時からこの地域には人が定住し、文化が生まれていました。

冬の間に雪が降り積もるということは、一年を通して水に困らず、森も豊かに育ちます。森には食べものとなる動物や木の実も豊富で、狩りをした獲物の運搬や保存にも雪を利用していたのかもしれません。

現在の暮らしにも、雪国だからこそ先人たちが知恵を絞って発展したものが数多くあると井口さんは言います。

「冬に仕事がない農家で、主に女性たちが機織りをしたことが、伝統産業の越後上布になりました。昭和25(1950)年から続く十日町市の雪まつりも雪国ならではのお祭りです。南魚沼市の八海醸造では雪室の中に日本酒を貯蔵し熟成させています。かまぼこ型の車庫や倉庫はこの地域ではなじみ深いものです」

雪国観光圏の地域には、雪と共に暮らしてきた知恵と工夫が詰まっており、さらに7つの市町村それぞれに特徴があります。その暮らしぶりを観光資源として生かすことこそ、雪国観光圏が目指していることなのです。

日常が変化したコロナ禍以降にふさわしい〈雪国リトリート〉

雪国観光圏では2021年から雪国ならではの地域資源や暮らし、文化を生かした新たな旅のスタイルを打ち出しています。それが雪国リトリートです。雪国での観光というと、スキーやスノーボードなど雪上でのアクティビティが連想されがちです。また、旅行といえばこれまでは、温泉に入って贅沢な食事をするといった日常では味わえない時間を過ごすことが主でした。

しかしコロナ禍によって観光や旅行のあり方が変わったと、旅館を営む井口さんは感じています。在宅ワーク、リモートワークなどで、仕事とプライベートの時間や場所の境目が曖昧なまま働く人にとって、旅とはどんなものか。「旅の中で学びや自分自身を振り返ることを意識する人が増えている」と井口さんは感じてきました。

また、ウィンターシーズンに多くの観光客が訪れ、冬の観光地というイメージが強い雪国観光圏ですが、グリーンシーズンには冬とはまた異なる魅力があり、より多くの方にそれを知ってもらいたいと考えてきました。

そしてたどり着いたのがリトリートという新しい旅のスタイルです。リトリートは、近年よく聞かれるようになった言葉です。雪国観光圏ではリトリートを「本来の自分に戻るための時間」と位置づけています。

冬に広がる雪景色の閉鎖性や静寂性、夏の緑の山に囲まれた大自然の清涼性は異日常を感じさせ、リトリートの場所として最適です。

ブナの木が立ち並ぶ、雪に包まれた美人林
十日町市の美人林。

雪国リトリートでは、日常生活から離れた場所で、自分を癒すための時間を過ごします。癒すといっても、スパトリートメントやメディケーションを受けるものと異なり、自然豊かで静かな環境に身を置いて、本来持っている五感や感性を研ぎ澄まし、心と身体をリセットして本来の自分に戻りませんか? という提案です。

もうひとつ重要な要素として、雪国観光圏にある暮らしや日常に入り込む体験があります。地元の方たちとコミュニケーションし、地元の食べ物、暮らしにも触れるというものです。

南魚沼にて雪国リトリートのモニターツアーを開催。雪がなくても豊かな体験が。

清津峡渓谷で行われた水のリトリート体験会。大地の芸術祭で人気のアート作品がある集落で開催されました。

雪国リトリートは、半日から2泊3日など時間はさまざまながら、3つのフェーズに分かれています。ひとつ目は「種まきの時間」と呼んでいるオリエンテーション、ふたつ目は森のトレイル散策、湖でのカヤック体験、地域の神社での掃除などこの地域でしか体験できないことをする「身体を動かす時間」、そして最後にひとりきりで自分を見つめる「ソロタイム」です。そのなかで提供されるお食事は、地元の食材を使い、地元の方が丹精を込めてつくっています。

〈雪国リトリート〉で提供される地元食材を使った料理が並ぶ

普段の生活から離れ、雪国という異日常の中で過ごす雪国リトリート。縄文人も見ていた雪国の景色、その後数千年かけて発展した独自の暮らしと文化や、自然体験を通じて自分自身と向き合い、本来の自分を取り戻す新しい旅の提案です。

credit text:野崎さおり