都会の子どもが田舎の小学校に体験入学
とはいえ、子どもを預かってくれる場所がなければ、親はワークに集中できません。そこで糸魚川市が考えたのが、小学校留学をワーケーションに組み込む「シーユーアゲインプロジェクト」でした。
このプロジェクトでは、１学期から３学期までのそれぞれ１週間ずつ、親はリモートワークを行い、子どもは市が選定した地元の小学校に体験入学をします。親にとっては自然豊かな環境に囲まれて温泉に入りながら仕事ができるだけでなく、「仕事が忙しくて子どもをどこにも連れて行けない」という悩みを解消することができます。子どもにとっては、異なる価値観や普段とは違う人とのコミュニケーションを通してさまざまな成長が促進され、郷土愛が生まれたり、第２、第３のふるさと意識の向上につながります。また、親子ともに３学期連続して糸魚川を訪れることで、新潟の豊かな四季を満喫でき、このまちで築いた人間関係を継続的に発展させることもできます。
「私たちが考えたのは、地元の子どもたちにとっても刺激になる取り組みができないか、ということだったんです」と宮路さんは語ります。
「受け入れ先のふたつの小学校は、全校児童数が30人に満たない複式学級（複数の学年がひとつの学級で学ぶこと）の学校です。そのため、人間関係が固定されていました。しかしこの取り組みを始めてから、体験入学中のお子さんたちと集まって一緒に遊ぶような光景がたくさん見られるようになり、子どもたちの人間関係に好影響を与えていると感じています」
どの地方にとっても人口減少は重要な課題ですが、糸魚川市は「子どもが少ないからこそ、都会の子どもを受け入れられる」と、地域課題を逆手に取った発想で独自のサービスを生み出したわけです。学校を巻き込むことが可能だったのは、行政が率先してワーケーションを推進した結果だと言えるでしょう。
自然と暮らしのなかの本質的な探求「ティンカリングベース」
小学校留学はクチコミなどを通じて話題になり、問い合わせやメディア取材も増え、次第に全国的に認知されるようになりました。これと並行して人気なのが、株式会社〈イールー〉が小学校留学の受け入れ期間外である夏休みや冬休みに提供する「ティンカリングベース」プログラムです。
ティンカリングベース（TinkeringBase）とは、好奇心をもとにさまざまな道具や機械を「いじくりまわす」こと。近年、プログラミング教育の観点から世界的に注目されている手法だそうです。発祥地のアメリカをはじめ、インドやシンガポールなどで急速に普及が進み、日本でも東京にはティンカリングを行うためのスタジオが数軒あります。イールーは、類い稀な自然環境や地域の暮らしを素材にした独自の体験プログラムの提供を始めました。
あるプログラムでは、学芸員とともに雪と石の不思議な関係を探究します。またあるプログラムでは、アジア各国とオンラインでつないで年末年始の現地の様子をインタビューして異文化を学んだり、日本のお正月の意味や由来を学んで新しいおせち料理をつくったりします。
こうして子どもたちがティンカリングベースでの学びを楽しんでいるあいだ、親は普段通りの仕事を進められるというわけです。参加者は近隣地域だけでなく、首都圏や関西、中京エリアと全国から集まり、夏休みや春休みなどの長期休暇には約20組の親子が参加するといいます。
ティンカリングベース体験プログラムを提供するイールー代表の伊藤薫さんは、次のように語ります。
「スタジオのように世の中から切り離された空間ではなく、まちや自然のなかでティンカリングを行うことで、机上の空論を超えた、生きるうえで必要な力を身につけるための学びを得ることができます。自分の力でおもしろいものやすばらしいものを見つけ、そこにみずからのアイデアをかけ合わせることで探究・創造・実践する。糸魚川をそのための基地にするとともに、保護者がしっかりワーケーションできる環境をつくりたいんです」
今後は受け入れ先の小学校を増やすだけでなく幼児の受け入れにも対応できるよう、地域の保育園や幼稚園との連携、ベビーシッターの手配などを進めているそうです。
