首都圏の転入者が転出者を上回る「転入超過」が続き、「東京一極集中」が加速しています。つまり、地方からの転出が増えているということ。新潟県でも県外転出者の行き先は56.3%が関東で、20~24歳は職業(就職など)での転出がもっとも多いそうです(「新潟県人口移動調査規程」2020年3月より)。
新潟は東京から新幹線で約2時間。行き来のしやすさも首都圏転出につながる理由のひとつでしょう。そもそも、若者が首都圏を目指すのは当たり前? いえいえ、どうやら令和の若者はそうでもないみたいです。
新潟のモノ、コト、ヒトの魅力を知りたい・知らせたい人たちが集まった「コミュニティ」が盛り上がっています。なかでも、「若者」による新潟の魅力を掘り下げる動きが活発化しているようです。
令和世代が感じている、新潟への思いに迫ってみました。
離れていてもできることはある?
若者限定コミュニティ〈Flags Niigata〉
2020年5月1日、〈Flags Niigata(フラッグスニイガタ)〉がスタートしました。これは、首都圏に暮らしながら故郷・新潟へのつながりをつくっていこう、という新潟にゆかりがある20〜30代限定のコミュニティです。
トップページには大きな文字がこうおどります。
「上手に東京を離れよう。上手に新潟に近づこう。」
この春、新型コロナウイルスの広がりを懸念し、たくさんの人が「ステイホーム」を過ごしました。例年なら春休みやゴールデンウィークを利用して、旅行や里帰りする若者が多くいるはずの時期です。各地の観光・レジャー施設や宿泊施設、飲食店などが苦しい立場にありました。いまでこそ、クラウドファンディングなどの支援方法が立ち上がっていますが、緊急事態宣言が発令された4月には、まだそのような取り組みは目立っていませんでした。
代表の後藤寛勝さん(26歳)は新潟市出身。現在は東京で働いています。故郷とつながりたいと思っても「帰省する以外に関わり方がない」ということに気がつき驚いたといいます。
「今回のことで移動が規制され、新潟のことをどれだけ思っていても、いまは現地(新潟)へ行かないと自分にはできることがなにもないと気がついて、衝撃を受けたんです」
「コミュニティを思いついて画用紙に企画書を書きました。〈Flags Niigata〉は、新潟にゆかりのある20〜30代に、それぞれの“新潟との関わり方”を提案するコミュニティです。これをベースに、機能は主にふたつです。ひとつは、『オフラインとオンラインを行き来できる寄り合い所』。既存の町内会や自治会に代わる、場所にとらわれることがなく、地域との関係性を紡ぐことができる場所です。もうひとつは『アイデアを具現化するプラットフォーム』。新潟のためにやりたいことがあれば、このコミュニティのリソースを使って、実現できるようにします」
このアイデアを東京で出会った新潟出身の仲間たちに相談し、2週間でサイトを公開しました。初期メンバーは15人。新潟のテレビ局や新聞社にも協力を仰ぎ特集を組んでもらいました。ニュースを見た人の口コミで、コミュニティ参加者は10日間で350名集まりました(2020年7月時点、500名)。
「20〜30代に限定したのは、若者はもともと地域との関係性が乏しいと思っているからです。新潟という共通点で話せる人たちに会え、これを機会に地域に関わりたいと考えてくれているようです。僕もこのコミュニティの参加者のひとり。そして、大切なのはこのコミュニティひとりひとりの、新潟を切り取る視点です。僕もコミュニティを通して、新潟の魅力を再発見させてもらっています」
コミュニティを通じて見えてきた新潟の魅力があると言います。
「言葉にすると簡単に聞こえてしまうのですが、まさに人柄だと思っています。 地域の魅力は、そこにいる人の魅力だと思っているからです。〈Flags Niigata〉は発足から数百人の『新潟に関わりたい』と思う人が集まりました。人に会いに行きたいという動機で、東京から新潟への人の流れをつくり、10〜20年後には〈Flags Niigata〉がきっかけで新潟のまちづくりが行われていくように育っていってほしいですね」
帰りたくなるような暮らしを考える〈にいがた若者座談会〉
行政も若者の率直な意見を集めています。
令和元年8月に始まった〈にいがた若者座談会〉は、「こんな新潟なら帰りたい」をテーマに、仲間を増やしたい人、新潟ために何か役に立ちたい人、Uターンを考える人など、首都圏在住で新潟県出身のさまざまな若者が集まって、話し合ったりアイデアを出し合ったりする交流会です。
「若者」は、どんな気持ちで座談会に参加しているのでしょう。第1回から3回目(コロナの影響で中止)まで参加予定だった佐藤嘉将さん(25歳)に話を聞いてみました。
「そもそものきっかけは、20歳のときに誘われた〈東京つばめいと〉です。僕は燕市出身なのですが、同郷者を集めた交流会で鈴木力(つとむ)市長も参加することがありました。そのつながりで〈にいがた若者座談会〉に誘われて、なんとなく参加したのがはじまりです」
いつかは新潟へ戻りたいと思っていたけれど、まだまだ遠い将来と考えていた佐藤さん。それでもこのような座談会へ参加し続けた目的は何なのでしょうか。
「〈にいがた若者座談会〉は5人1組になってアイデアを出し合うワークショップです。発想の切り口は人によってさまざまで、たとえば子育て政策の充実を掲げる人もいれば、僕は『帰りたくなるような新潟の魅力を植えつける』なんてことを提案してみたり。違うアイデアを共有して、ブラッシュアップしていけるような関係を築けたことが楽しかったです。また、参加する人の半分くらいは具体的にUターンを考えていて、実際に新潟へ戻った人もいます。そういった姿を見ることで、僕の中でも少しずつ新潟へ戻ることが現実的になってきました」
進学とともに上京したという佐藤さん。一緒に進学上京した友だちはすべて大学卒業とともに新潟へ帰ったといいます。
「大学生活を東京で暮らしてみて、新潟の良さがわかったという同世代は多いです。新潟へ戻る理由はさまざまなのですが、一番の魅力はやっぱり食べ物でしょうか。僕はお米を実家から送ってもらっているので買ったことがないのですが、東京や福岡出身の友だちがうちでごはんを食べると、お米がおいしいとびっくりします。あと、僕は新潟の春夏秋冬がハッキリしていて自然が身近なところが好きです。高校生の時は新潟市内へ買い物や遊びに出たり、上京したばかりの頃は原宿や渋谷へも行きましたが、いまは買い物はネット通販で済みます。だから東京へ行く理由がなくなったという友だちも多いです。東京へは僕がいるから来るだけで、僕が大阪に暮らしていれば大阪へ来るでしょう。どこかへ行くときの目的は、ここ数年で大きく変わりましたね」
「新潟の人は奥ゆかしくて自己アピールをあまりしませんが、同世代の郷土愛は強いと思います。東京で同郷の人と会うと自然に方言で話し始めてしまって、まわりの人を置いていってしまったり(笑)。〈にいがた若者座談会〉がもし今後も開かれるなら、僕も初期メンバーとして参加していきたいです。僕のようにUターンするイメージがついていない人でも、参加しやすい場所だと思うので。ここでたくさんの選択肢を知ることで、僕は未来が開けました。新しい生活様式になって、人と実際に会うことが難しくなってもSNSなどを使って人とつながることができます。僕が新潟へ戻るのは30歳くらいを目安に考えていますが、新潟を通したつながりを大切にしていきたいです」
生活様式の変化に若者は敏感に反応しています。「そこにいる理由」を考えたとき、残るのはやはり「そこにいたくなる魅力」のようです。奇しくも同世代の彼らの口から出てきた新潟の魅力は「人」でした。そんな「人」が集まる新潟は、もしかしたら遠くない将来、東京からの「転入超過」が起こるかもしれませんね。
なお、今年の「にいがた若者座談会」はオンラインで開催することで、今まで以上に、多様な新潟出身者の参加や新潟を通じたつながりをつくっていきます。乞うご期待ください。
Information
【Flags Niigata】
web:上手に東京を離れよう。上手に新潟に近づこう。 – Flags Niigata
【令和元年度「にいがた若者座談会」】
web:「にいがた若者座談会」|にいがた暮らし
credit text:コヤナギユウ