日本の里山の原風景を思い浮かべるとき、段々に連なる棚田と、その水鏡に映った美しい山々の緑や透き通った青空をイメージする人も多いのではないでしょうか。では、その美しい棚田の風景を想起するのはどこでしょうか。棚田といえば何県を思い浮かべますか。
農林水産省が認定した「つなぐ棚田遺産~ふるさとの誇りを未来へ~」には、日本全国の棚田地域において、振興に関する取り組みが優れた全国271の棚田が選定されています。そのなかでも、新潟県は8市町36地区の棚田が認定され、その数は全国1位。新潟県は「お米県」「日本酒県」だけでなく、全国有数の「棚田県」だったのです。
「つなぐ棚田遺産」は景観の美しさを認定するだけではない
里山の原風景を守り、その美しさを後世に残し語り継いでいくこと。それだけが「つなぐ棚田遺産」の役割ではありません。「人々が里山で暮らす術を次の世代に伝承する」ことが、棚田を残していく意義の一つだと「つなぐ棚田遺産」の選定委員で、NPO法人英田(あいだ)上山(うえやま)棚田団・理事の水柿大地さんは言います。
水柿さんは岡山県美作(みまさか)市の上山地区で、棚田の再生から米づくり、麹やアイス、ビールなどの加工・販売を通して棚田の保全活動をしています。学生時代に地域おこし協力隊として美作市を訪れ、1年間の滞在の予定がそのまま13年。棚田を取り巻く文化や人々に惚れ込んで岡山の里山で活動を続けています(写真下)。
「『つなぐ棚田遺産~ふるさとの誇りを未来へ~』の前身は平成11年に選定された『日本の棚田百選』です。20年以上が経って『棚田地域振興法』(令和元年)が制定され、令和3年に『つなぐ棚田遺産〜ふるさとの誇りを未来へ〜』が選定されました。
農産物の供給や、良好な景観の形成はもちろんですが、これまでよりも強調されているのは『棚田を含む地域の振興に係る取り組みに多様な主体・多世代が参加していること』です」
そのほかにも、棚田の役割には貯留した雨水などをゆっくりと地下へ浸透させ、地下水を蓄える水源の涵養(かんよう)にはじまり、地滑りや土砂崩れの予防、生物多様性を育む生態系の保護などが挙げられますが、それと同等に「人と人が交流しながらその土地を守っていくこと」が大切だと水柿さんは強調します。
「棚田の特徴として、機械化が難しいという点があります。大型の重機が入り込めませんからどうしても人の手が必要になります。これはデメリットではありますが、同時にメリットでもあると思っています。重機による効率的な手入れができませんので、当然人の協力・連携が必要になってきます。それは条件が不利な地域ほど人を集めざるを得ない状況にあり、そうすることで地域や地域外の人たちの交流が生まれる場となっているのです。
また、農作物の生産地としての棚田の価値は大規模な農作地と比べてしまうと決して高くはありません。ぼくがより重要だと感じているのは、『山間部の土地を守る術が棚田に凝縮されていること』です。景観を守るだけではなく、棚田で育まれた技術や知恵、山からもらったエネルギーを暮らしに還元するノウハウを学ぶことが、棚田を守ることすべてに連動していると思っています。
さらに言えば、一度人の手によって開かれた里山は、人の手による管理を必要とします。すべてを手入れし続けることは簡単なことではなく、これは日本全体の課題です。私たちの世代は、次の時代にどんな景色や文化、暮らしを残していきたいか。棚田保全の活動からはさまざまなことを考えさせられます」