〈宝山酒造〉女将の美肌の秘密は
日本酒にあり、彌彦神社で心も美しく
「お酒は飲めないけど肌に塗る」美肌の女将へ会いに〈宝山酒造〉へ
新潟市の古き良き日本家屋が建ち並ぶ風情たっぷりなまち並みの一角に、創業130年以上の由緒ある小さな酒蔵〈宝山酒造〉があります。歴史が染み込んだ木造の建物に、宝山と書かれた暖簾がたなびく門構えは、伝統と文化を感じずにはいられません。
ここには美肌で有名な名物女将がいて、なんでも日本酒を肌に塗るのみのスキンケアなのだそう。日本酒が醸造される過程で見逃せない発酵技術にその秘密がありそうです。
国内外に向けて伝統的な日本の魅力ある物を選定する品評会〈おもてなしセレクション〉2016年度金賞を受賞した経歴がある宝山酒造の〈ひと飲み酒〉。このひと飲み酒の純米酒を毎日のお手入れに使っていると話す女将の渡邉由紀子さん。美肌の証明として彼女が店頭に立つため、多くの女性がその肌に憧れて購入していく人気ぶりです。
税込620円(純米酒)というお手頃な価格帯と、従来の日本酒とは一線を画したスタイリッシュなデザインでも人気を博し、お土産に買っていかれる方も多いといいます。
「日本酒にはアミノ酸や有機酸など100種類以上の有効成分が含まれているので、シミやソバカスを抑え、細胞の老化を防いで肌の若さを保つことが期待できます。私はお酒がまったく飲めないのですが、純米酒を肌に塗るようになってから肌質が変わったのを実感しました」(渡邉さん)
まるで湯上りのようなキメの細かさが見て取れました。
そんな美肌づくりにひと役買いそうなこの日本酒、どのようにしてつくられているのでしょうか。
11月から3月の冬の期間は仕込みの作業。せいろにお米を入れて蒸し上げていく作業では、蒸気がこの小さな仕込み蔵に立ち込めるので、頭上に大きな雲が発生し、その様子は何度見ても見ごたえがあると渡邉さんは話します。
その後、削って磨いた地元産の新米を手作業で洗っていきます。特に大吟醸の米は精米歩合が高い分、米の粒が小さく、水を吸い上げるのも早いから、時間との勝負。冷たい水に手を入れて、杜氏自らが米の感覚を確かめていきます。
蒸し上がった米はすぐに冷やして麹菌を振りかけ、室で37度の温度を保たせつつ2日間寝かせます。その後、仕込み蔵でできた麹と蒸した米、酵母を入れて混ぜて、1〜2か月発酵させたら、圧搾機で圧力をかけ搾り取り完成。このとき絞った残りかすが酒粕になります。
ひと口に日本酒といってもさまざまな種類がありますが、違いは米の種類と磨き具合、混ぜる菌。古酒などを除き、その3つが味の変化を醸し出しているのだそう。
また、冬に仕込む理由は、雑菌が繁殖しない時期に仕込む必要があること以外に、新米が秋に採れることが大きく関わっていました。
この酒蔵周辺は田んぼが多く、〈五百万石〉という銘柄の米を中心に、〈コシヒカリ〉や〈新之助〉など、酒米だけではなく食用のブランド米もすぐ入手できるから、秋に実った米をとれたての味そのままに仕込めるのです。そして裏手にそびえ立つ〈多宝山〉や〈弥彦山〉から流れるとびきりうまい自然水をふんだんに使う。ここでこの酒蔵が栄える理由を感じられました。
驚きなのは、もともとはお米農家だったこと。酒づくりの環境が整っているという土地柄、杜氏が多く、昔からこの地は酒づくりが盛んであったといいます。いつしかこの好条件を生かすべく、酒づくりをするようになり宝山酒造が誕生しました。
「創業当時、今よりも機材が揃っていなかったので、酒仕込みは人の力がなによりも頼りでした。ご近所のお手伝いさんがたくさん来てくださって、地域の人が一丸となって酒づくりをしていたんです。ですが、時代とともに農地改良などがあり、自前の田んぼは減り、今では米を調達をするところから酒仕込みをするから大変です。杜氏やお手伝いさんなんかも、昔ほど辛抱強い人がいなくて。新潟の強烈な寒さの中、水仕事があったり、重い米を運んだり、夜な夜な麹の面倒を見たり、なかなか大変な世界ですからね。志を持っていないと続かないんです」(渡邉さん)
それでも、人と人とのふれあいがまったく途絶えたわけではない。むしろ、その当時の絆が脈々と受け継がれ、今も違ったかたちで生きていると話します。
「大手酒造メーカーは工場も大きく、もしかしたら人がここまで大変な思いをしなくて済むかもしれません。その点、うちは重労働だし効率は良くない。ですが、長年培ってきた地域との関係性や、歴史の詰まった蔵元、畳に襖や縁側など日本の懐かしい風景が残る佇まい……先代が残してくれたいいものがあるおかげで、この土地の雰囲気全体を含めた宝山酒造があるんだと思っています。現に、地域の人たちの交流を大切にしてきたからこそ、人から人へ、宝山酒造の魅力が口コミで広がっているんです。かかってくる電話も注文だけでなく『今何してる?』なんてたわいもない会話が始まることも多いんですよ」(渡邉さん)
人と人との距離が近く、再訪も少なくない。国内外の人が、この趣を味わいに宝山酒造へ足を運び、そこで得た感動を大切な人に共有する。古いものを大事にすることが、結果的に新しい人脈をつなげてくれている。規模は小さくても確かに愛されていて、血の通った交流が楽しめるのも、宝山酒造の魅力のひとつなのかもしれません。
ここを知って飲むからこそ、この情景に思いを馳せるから、きっとそのおいしさもひとしおなのだと感じられました。
女将や杜氏たちとあたたかな交流を図って酒蔵を出た後、肌だけでなく心までもきれいになれる予感に胸が高鳴ることでしょう。
「搾った後の粕をお風呂に入れると全身モチモチになるよ!」と、女将さん。蔵元ならではの贅沢な使い方、私も試してみようかと思います。
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宝山酒造の〈貴宝 寶の山〉がお神酒として奉納される、彌彦神社へ
古くから神聖な場所として地元の人から崇められ、日本最古の歌集『万葉集』にも歌われている〈彌彦神社〉。弥彦山の麓にそびえたつ彌彦神社は県内随一のパワースポットで、その荘厳な空間に足を踏み入れると、思わず背筋が伸びます。
背の高い木々に囲まれた境内は、空気が澄んでいて心安らぎます。実は宝山酒造の〈貴宝 寶の山〉をお神酒として彌彦神社に奉納しているとのこと。宝山酒造からほど近い場所にあるので、ぜひセットで訪れてみてください。
また、彌彦神社に訪れたからには絶対やっておきたいのが、〈火の玉石〉チャレンジ。地元の人々は重軽の石と呼んでおり、願いごとを浮かべながらどちらかの石を選び、持ち上がればその願いが叶うというもの。信仰が厚い彌彦神社のいち押しスポットです。
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終わりに
発酵に適した風土と、地元の良質な素材が手に入りやすい好条件のもと、新潟の発酵文化は歴史を重ねてきたことがわかりました。その背景を知ることができた今回の発酵を巡る旅、これから発酵食品を口にする際、きっと思い出すことでしょう。
credit model:斉藤アリス photo:ただ(ゆかい)
text:藤田佳奈美