新潟県の豊かな土壌と四季折々の気候は、数多くの農産物を生み出しています。その中でも、〈ル レクチエ〉という名の洋梨は、特別な存在として知られています。なぜなら、その生産の難しさによる希少性と、卓越した味わいから「幻の洋梨」「洋梨の貴婦人」とも呼ばれている品種だからです。
120年以上の歴史を持つ〈ル レクチエ〉の物語は、新潟県のひとりの農家・小池左右吉(さゆうきち)氏の旅から始まります。彼が西洋梨の魅力に触れて、国内での栽培を実現することがなければ、我々が〈ル レクチエ〉を口にすることはなかったでしょう。今回の記事では、そんな幻ともいえる〈ル レクチエ〉の魅力に迫ります。
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幻の西洋梨〈ル レクチエ〉とは
豊かな甘みと独特の香り、その滑らかな舌触りが特徴の〈ル レクチエ〉。食感は、果汁が滴るほどジューシーで、とろけるような柔らかさです。この特別な食感は、「追熟」という手法によって実現されているもので、収穫後に熟成させることで果肉が柔らかく、糖度が上がるのです。
そして「幻の西洋梨」と言われる所以は、11月下旬から12月下旬の短い期間にしか出回らないため。また、全国の西洋梨生産面積のうち、〈ル レクチエ〉の割合はわずか8%。その味わいと希少性があいまって、さらにその魅力を引き立てています。ですが、全国でわずか8%の割合のうち、約82%もの生産量を新潟県が占めています。
2023年に行われた「新潟おいしいもの総選挙」では、「大切な人に贈りたい/おすすめしたい 部門」において、〈にいがた和牛〉を抑えて第1位を獲得し、「新潟といえば『コレ』部門」においても、第3位を獲得するなど、新潟県民にとって「推し」の食材でもあります。
〈ル レクチエ〉の歴史
約120年にわたる〈ル レクチエ〉の歴史を知ることで、その魅力をさらに深く理解することができるはず。
新潟県旧白根市茨曽根村(現・新潟市南区)の庄屋だった小池左右吉氏は、ロシアのウラジオストクを訪問したときに西洋梨に出合います。彼はその独特の風味と美しさに魅了され、帰国後にフランスから40種類に近い西洋梨の苗木を輸入。〈ラ・フランス〉や〈バートレット〉の中に〈ル レクチエ〉もありました。
1903年、小池左右吉氏が新潟で西洋梨の栽培を開始します。なかでも〈ル レクチエ〉は、日本で初めて実を結ぶことに成功した品種でした。しかし、当時西洋梨の栽培技術が未熟だった日本において、日本の気候や土壌との相性、西洋梨特有の病気など、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。
安定した生産も難しく、実の熟成時期の見極めや収穫のタイミングなど、多くの課題があったことから「桃栗3年、柿8年、ル レクチエのろくでなし18年」という言葉が生まれるほどでした。
今でこそ、技術の進歩により、高級フルーツとしての地位を確立していますが、こうした先人の努力を知ることで、より〈ル レクチエ〉の価値や魅力を堪能できるのかもしれません。
梨は新潟県の“お国自慢”の品!
現在、新潟県は西洋梨栽培が盛んな地域であり、出荷量は全国で第3位を誇ります。西洋梨全体の生産量は約67%と山形県が圧倒的ですが、〈ル レクチエ〉だけを見れば、新潟県が全国の約82%を生産しています。
〈ル レクチエ〉以外にも、新潟で栽培されている梨の品種は多岐にわたります。〈幸水〉や〈豊水〉〈二十世紀〉などが挙げられ、全国に流通している〈新高〉や〈新興〉などの品種も、元をたどれば新潟の品種を交配して生まれたものだと言われています。江戸時代には参勤交代のときに幕府に献上されていた“お国自慢”の品でもあり、約300年前から名産品だったのです。
〈ル レクチエ〉と〈ラ・フランス〉の違いについて
〈ル レクチエ〉と〈ラ・フランス〉はどちらも洋梨ですが、その特徴は異なります。
〈ル レクチエ〉は、なめらかでトロっとした食感で、甘味が強く酸味が少ないのに対し、〈ラ・フランス〉は、甘味と酸味のバランスが取れており、舌触りは少しザラっとしています。〈ル レクチエ〉の糖度は16度以上のものが多く、〈ラ・フランス〉の糖度は14〜15度程度です。香りは〈ル レクチエ〉の方が強いという特徴があります。
また、見た目は〈ラ・フランス〉と比較すると〈ル レクチエ〉はひと回りほど大きいです。
原産国はともにフランスですが、日本での主な産地は〈ル レクチエ〉が新潟県、〈ラ・フランス〉は山形県となっています。
〈ル レクチエ〉の食べ頃の「サイン」
〈ル レクチエ〉の特徴のひとつは、ほかの西洋梨とは違い、生産者が収穫後に約40日間かけてしっかりとした管理で「追熟」を行い、手元へ届くころに食べ頃となるよう出荷しているところです。この「追熟」と呼ばれる時間が、〈ル レクチエ〉の滑らかな舌触りや、滴るような果汁を引き出す秘訣となっています。
〈ル レクチエ〉の食べごろは、色が食べごろのバナナのように変化し、手に持つとやや弾力のある感触で、果実から甘い香水のような芳醇な香りが立ってきたとき。
産地からは9割ほど追熟した段階で出荷されますが、お好みの食べごろを探してみてください。
なお、お家で保存を行うときは、冷蔵庫に入れずに、涼しい場所(10度以下が目安)で購入時の包装袋に入れたまま置いておくと、水分の蒸散を防ぎ、みずみずしさが保てます。
最後に、〈ル レクチエ〉を楽しむ際は、皮を剥いてリンゴのようにカットして食べるのがおすすめです。果汁が滴るので、丸ごと皮を剥くよりも先にじくを切り落とし、6~8等分に切った方が芯や皮を切り落としやすいです。特別な日に。大切な方に。自分へのご褒美に……。新潟の〈ル レクチエ〉をお楽しみにください。
credit text:山田卓立