旅するモデル・斉藤アリスが、約400年の歴史を持つ城下町、新潟県上越市高田の情緒あふれるまち歩きの旅へ。
今回ご紹介するのは……
新潟県の史跡〈高田城址公園〉や、江戸時代から続く創業約400年の飴屋〈高橋孫左衛門商店〉、SNSで話題の老舗パン屋〈小竹製菓〉、町家の複合施設〈兎に角〉、現存する日本最古級の映画館〈高田世界館〉。
レトロなまち並みを散策する郷愁の旅へご案内します。
Profile 斉藤アリス
雑誌『Hanako』(マガジンハウス)などでライターとして活躍。世界のカフェめぐりをまとめた本『斉藤アリスのときめきカフェめぐり』(エイ出版)を著書に持つ。
レトロなまち歩き、〈高田城址公園〉からスタート!
心地のいい気候に、思わず出かけたくなる秋。
ここは約400年の歴史を持つ城下町の、新潟県上越市高田。
レトロなまち並みを散策しにやってきました。
スタートは〈高田城址公園〉から。
徳川家康の六男・松平忠輝公によって築城された高田城の跡地で、新潟県の史跡に指定された由緒ある公園です。
園内は約50ヘクタールと広大で、城下町を従えた巨大行政府であったことがうかがえます。
本丸と二の丸を結ぶ〈極楽橋〉から、お堀をぼんやり眺めて女子トーク。
ゆったりとした時間が流れます。
Information
のんびり〈雁木通り〉を歩く
世界有数の豪雪地帯である上越高田には、積雪時でも快適に歩けるよう、家の前に張り出した庇(ひさし)があります。
これを「雁木(がんぎ)」と呼び、高田のまち並みを語るのに欠かせないものです。
人々の暮らしに根づいた歴史ある雁木通りを歩き、次なる目的地へ向かいます。
江戸時代から続く、飴ひと筋の〈髙橋孫左衛門商店〉へ
高田城址公園から歩くこと10分。
やってきたのは創業寛永元年、江戸時代より約400年続く飴ひと筋の〈髙橋孫左衛門商店〉。
『東海道中膝栗毛』で知られる十返舎一九が愛したという、日本で一番古い飴屋です。
飴といっても、砂糖からつくられる一般的な飴玉ではありません。
原料は新潟県産のもち米。
これに麦芽を加え糖化させた水飴〈粟飴〉や、水飴を寒天で固め乾燥させた〈翁飴〉など、食感や形状はさまざまで、バリエーション豊かな飴菓子が揃います。
砂糖が貴重品であった江戸時代後期まで、庶民の甘味として親しまれてきた粟飴。
煮物料理に使うとテリがでるだけでなく、日持ちするようになるのだとか。
縁日で売られている水飴を食べる時と同様に、箸2本で空気を含ませながら白濁するまで練ると、味がまろやかになるといいます。
昭和天皇も粟飴を箸ですくってなめるのが日課だったそうです。
高田藩主が江戸へ参勤交代する際の手土産などに愛用されていた翁飴は、同店の看板商品。
表面はさらっとした舌触りですが、中はみずみずしく、食感のコントラストを楽しめます。
水晶玉のようなルックスの〈瑠璃飴〉は、水飴に寒天を加え丸いゴムに詰めたもの。
爪楊枝で弾けばつるんと出てきます。
羊羹のようなねっちりとした口当たりと上品な甘さが絶品の瑠璃飴。
凍らして食べると密度が高くなり、より弾力のある食感に変わります。
冷凍した瑠璃飴は甘み出しとしてサングリアに入れたり、氷代わりに使ったりする人もいるのだとか。
素朴な味わいの中にコクがある昔ながらの飴、お土産にぴったりです。
Information
上越高田のソウルフード・サンドパン発祥の〈小竹製菓〉
髙橋孫左衛門商店を後にし、6分ほど歩くと、大正13年創業の老舗パン屋〈小竹製菓〉に到着。
食欲の秋、ということで、散歩のお供にパンを選ぶアリスさん。
その間にも、地元の人がひっきりなしに訪れては、ひとりで何個も大量に購入していきます。
ほとんどのお客さんのお目当てが、こちらのサンドパン。
90年以上も変わらぬ製法を守り続けてきました。
レトロなパッケージデザインがかわいらしく、上越のテッパンおやつとして長年愛されています。
地元の人たちから「最後の晩餐にサンドパンを食べたい」と言ってもらえたり、結婚式のプチギフトとして選んでもらえたりすることも少なくないのだとか。
サンドパンが地域に根差したパンであることがうかがえます。
工房も併設されており、特別に見学させてもらいました。
焼きたてのふかふかなコッペパンを開いて、2日間かけてつくったバタークリームを両面均一に塗っていきます。
すべては手作業でつくり置きはしないため、できたてのパンを上越市内のみで販売。多い時は1日3000本もつくるそう。
さっそく、アリスさんもサンドパンをいただきました。
ほんのり香ばしいパンの香りと、あっさりとしたバタークリームの甘みがベストマッチ。
しっとりソフトなパン生地なので、大きい見た目に反して軽くぺろりと食べられます。
サンドパンの人気に引けを取らないのが、こちらの笹だんごパン。
餡をヨモギだんごでくるんだ新潟名物の笹だんごが、パンの中にまるまる1個入っています。
見た目のかわいらしさから、SNSで話題に。
しっとりなめらかな口当たりと、もちもちした食感が楽しめます。
Information
モダンな町家の複合施設〈兎に角〉でコーヒーブレイク
雁木が並ぶレトロな風景は、秋の散歩をより一層楽しませてくれます。
小腹を満たしたアリスさんが次に向かうのは、おいしいコーヒーが飲める休憩どころ。
腹ごなしに30分ほど歩くと、見えてきたのは町家の複合施設〈兎に角〉。
古き良き雁木通りのまち並みに馴染みながらも、どこかモダンな雰囲気が漂います。
それもそのはず、ここは築150年ほどの空き町家をリノベーションし、シェアキッチンやシェアオフィス、そしてコーヒーショップ〈ディグモグコーヒー〉を併設し、2020年4月に新しく生まれ変わった複合施設。
味わい深い建物の中には、かわいらしいインテリアや雑貨が飾られており、昔と今のそれぞれの良さが共存しています。
上越高田のまちおこしもかねて、“兎に角なんとかしたい”という思いから名づけられた同店。
その思いに共鳴し、店内にコーヒーショップを開くことになった上越出身のイラストレーター・大塚いちおさんが、胸の内を明かしてくれました。
「高齢化が進んだ結果、空き家が増え、町家が壊され、雁木通りは歯抜けになってきています。子どもの頃と景観が変わってしまうのが悲しかったんですよね。商業的に活用することで、ここを起点にまち全体の活性化になれば」(大塚さん)
「ディグモグコーヒーは、上越高田のまちに来るきっかけになればいいし、目的にもなってほしい。
それに、コーヒーって旅と相性が良いんですよね。ディグモグコーヒーではオリジナルグッズや雑貨の販売もあるし、作品の展示やイベントなども行っているので、いろんな楽しみ方をここでしてほしいです」
と大塚さん。
地元の人や観光客など思い思いの目的を持った人が入り混じって交流できるのも、旅の醍醐味。
コーヒーのこだわりは、クセがなく、誰でも飲めるというところ。
日常的に飲むものだからこそ、奇をてらわず、ベーシックな味わいに仕立てたそうです。
焙煎したての新鮮でおいしい味わいを楽しめるので、旅のお供にぴったり。
Information
現存する映画館で日本最古級の〈高田世界館〉
コーヒー休憩後、兎に角から歩いて3分。
向かったのは、1911年に芝居小屋として開業した〈高田世界館〉。
開業してまもなく常設映画館となり、以後100年以上にわたり営業を続け、今では現存する日本最古級の映画館として知られております。
オペラハウスのように、スクリーンを囲むようなアーチ型の構造で、2階席まで用意。
高田城を治めていた榊原家の家紋「源氏車」をモチーフにした天井装飾が存在感を放っています。
赤いレトロな椅子と相まって、雰囲気にグッと深みが増していました。
一般的な映画館は吸音されるそうですが、高田世界館は木造のため残響を楽しむことができるといいます。
音響さんによる調整はあるものの、1階席や2階席で音の跳ね返り方や聞こえ方は異なるのだとか。
特徴的な内観だからこそ、座る場所によって見え方や聞こえ方の違いを楽しめそうです。
高田の出身で同館の支配人・上野迪音(みちなり)さんは、「高田世界館が上越高田のまち起こしとしての足掛かりになれば」と話します。
「映画文化をきっかけに、人の流れを生み出したり、コミュニティが形成されたり、上越高田が文化的なまちになればいいなと思っています。
上越高田のまちは歩いてまわれる一体感があるので、まち歩きの楽しさの中に高田世界館を位置づけることができたら」(上野さん)
また、上越高田散歩の楽しみ方も教えてくれました。
「高田世界館以外にも、上越市にはレトロな建築はたくさんあるんですよね。たとえば〈旧師団長官舎〉とか」
〈旧師団長官舎〉は、明治43年に建てられた和洋折衷の木造建築で、平成5年に明治の貴重な洋風建築保存のため、現在地(大町2丁目)へ移築・復原されました。(現在工事のため休館中。令和3年4月に民間の利活用事業者によるレストランとしてオープンする予定)
「だから上越市には、江戸時代からの町家建築の“和”のレイヤー、明治維新後の西洋文化による“洋”なレイヤーが覆いかぶさって、おもしろいまちになってきたんですよ」(上野さん)
こうして上越高田は、高田世界館をはじめとするレトロモダンと、町家などの江戸からの文化が融合する珍しいエリアとなり、まち歩きの達人がたくさん訪れるようになったそうです。
Information
上越高田はわかりやすい観光地のようにスポットが密集しているわけではありません。
ですが、点在しているからこそ、宝探しのようにスポットを発掘しにまち歩きする楽しさが味わえる、そんな場所だと感じさせてくれました。
まち歩きには「城下町高田まち歩きガイドブック」が便利です。
credit model:斉藤アリス photo:ただ(ゆかい)
text:藤田佳奈美