新潟のつかいかた

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十日町市の女性起業家が
いまだから語れること。
〈妻有ビール〉髙木千歩さん×
〈women farmers japan〉佐藤可奈子さん | Page 3 Posted | 2026/02/06

女性農家として、ひとりの人間としての尊厳を取り戻す

佐藤 女性農家さんの勉強会では、みなさんの目の色が変わっていくのがわかりました。

たとえば男兄弟がおらず、小さい頃からお父さんと一緒に農業をやっている方には、「私はおとうの機械だから」という考え方が染みついていました。思い込みを手放して「私はおとうの機械ではなく、ひとりの人間だ!」と、新しい言葉で自分を再定義した途端、お父さんと対話するようになり、経営について自分で考えるようになったのです。考え方ひとつで人生がガラリと変わっていくのを目の当たりにしました。

髙木 すばらしいですね。

参加者が円形になって椅子に座っているワークショップの様子
wofaでの女性農家支援のワークショップの様子。(写真提供:women farmers japan)

佐藤 従来の勉強会や研修では、個々の内面について取り扱わず、実務的な作業の部分がメインだったので、根本的な解決にはならなかったんですよね。思い込みや、無意識につくっていた壁を取っ払った途端、みなさん輝き出して、自分で加工所を持つようになった人もいますし、パン屋さんを開業した人も。

こういったコーチングは、ある程度の規模の企業では当たり前にやっていることかもしれませんが、私を含め、農家さんの多くは会社勤めの経験がない人がほとんど。自分と向き合うスタート地点を提供できたのは、意義深いことだと思っています。

農業はとにかく体を動かすことが優先されるので、言語化がみなさん苦手だったりするんですよね。だけど内側の思いが、自分という世界をつくっているのだから、それをかたちにしてみるだけでも意識が変わってくるのではないでしょうか。

ないものがいっぱいある=ビジネスチャンスに溢れている

佐藤 千歩さんはビール醸造だけでなく、ホップを栽培しているんですよね。

髙木 ホップは3年くらい経たないと収穫できないのですが、実は開業当初からやっています。

ホップ栽培もやろうと思ったのは、ビール醸造の事業計画が進んでいくなかで、その昔、十日町でもホップを栽培していたことをいろいろな人に聞いたからなんです。しかも大手ビール会社の契約農場として、大規模に展開していたようで、学生時代にそこでバイトしていたりなど、何かしら関わったことのある人が結構いたんですよね。

そういった方たちに聞いた当時の農法も参考にしつつ、畑づくりをしています。気候もだいぶ変わっているはずなので、標高の高いところがいいと思い、農家さんのお力を借りて山奥の耕作放棄地を再開墾してスタートしたのですが、いまのところ農薬を使わなくてもしっかり育っています。

近年は収量が安定してきたので、収穫イベントを開催して、いろいろな方にお手伝いしていただき、交流もできるようになってきました。

もうひとつみなさんにも知っていただきたいことがあって、醸造工場の電力を〈みんな電力〉という再生可能エネルギー100%の会社に切り替えたんです。みんな電力さんは、市内にある松之山温泉の源泉を活用した地熱バイナリー発電を売電しているので、電力も地産地消できる。そういうところでも十日町市に還元できるんじゃないかなと思っています。

テーブルに並べられた〈妻有ビール〉の3種のクラフトビール
〈妻有ビール〉定番の3本。左から「めでたしゴールデンエール」「豪雪ペールエール」「十日町そばエール」。

佐藤 それはぜひ広がってほしいですね。

髙木 十日町市で起業して思うのは、みなさんとても優しいということ。

佐藤 本当にそうですね。

髙木 さっきのホップ栽培の話もそうですけど、やってみたいことを発信すると、「こういう人がいるから会ってみる?」「この場所なら借りられるらしいよ」などと情報が次々入ってきて、応援してくれる人が多いんですよね。コミュニティが適度にコンパクトで、人とのつながりがしっかりしているからこそ、ほしい情報にたどり着くまでの距離が短いというか。

行政との距離も近いから、助成制度や展示会など、チャンスを逃さず利用できる環境が整っている気がします。新規事業のビジネスコンテストや勉強会もいろいろ企画してくださっているのですが、知らない人も意外と多いから、利用しないともったいない、みんな使うべき! と思っちゃいます。

佐藤 「この人はいった何をするんだろう」っていう、様子うかがいの時期さえ乗り越えれば、一気に応援モードになってくれますよね。腹をくくった人に対する応援のしかたが、半端ないというか(笑)。

髙木 わかります(笑)。最近、新潟県内の違う地域の方と会うと、「十日町さん、がんばってるよね!」って言われることが多くないですか?

佐藤 県内ではないのですが、この前、関東に行って似たような経験をしました。子どもたちのアントレプレナーシップ教育(起業家教育)について意見交換をしてきたのですが、十日町市の小学校は人数が少ないこともあって、自分たちがつくったお米をお祭りで売ったり、企業と協働で商品をつくったりなど、実践的なことをナチュラルにやっているじゃないですか。

都会の場合、できるのはせいぜい商品開発までで、十日町市のような先進的なことはできないと言われて、なるほどなと思って。自分が応援してもらう当事者だったときは、走り抜くことで精いっぱいだったけど、子どもができて客観的になれたことで、十日町市の応援力のすごさをあらためて感じています。

談笑する髙木さんと佐藤さん
思い出話から近況まで、話題が尽きないふたり。

髙木 私もキャリア教育の授業でお話させてもらうことがあるのですが、高校になるとどうしても「◯◯大学、◯人合格」みたいなのが壁に貼り出される環境になっちゃうじゃないですか。進学先を競うのではなく、地域に帰ってきて活躍できるような人材教育をしてほしいと切に願います。

佐藤 それまでいい教育を受けてきているからこそ、もったいないですよね。

髙木 地方は仕事がないってよく言われますけど、圧倒的に人が足りていないのも事実。ここには余白がまだまだあるから、できることがたくさんある気がします。

佐藤 まだないものを見つけやすい環境ですよね。クラフトビールもそうでしたし。

髙木 サービスにせよビジネスにせよ、ないものがいっぱいあるのは、可能性があるということですから。チャンスと捉えて、移住してくれる人、新しいビジネスを始める人が増えたらうれしいですね。

髙木千歩さん

Profile 髙木千歩

1973年新潟県生まれ。幼少期は父親の転勤のため全国各地で過ごし、大学卒業後は都内にあるシステム開発を手がけるIT企業のグループ会社に就職。2011年、地域おこし協力隊として、両親の生まれ故郷である十日町市に移住。退任後は共同経営者らとともに地産地消をテーマにしたビアレストランを開く。2017年〈妻有ビール株式会社〉を設立し、2018年より醸造を開始。耕作放棄地を再開墾し、ホップ栽培も手がける。

佐藤可奈子さん

Profile 佐藤可奈子

香川県生まれ。中越地震のボランティアをきっかけに、2011年大学卒業後、十日町市に移住、就農。〈雪の日舎〉代表。「里山農業から心うごく世界に」がテーマ。2021年、仲間と〈women farmers japan株式会社〉を設立。3児の母。noteで綴ったエッセイが「文藝春秋SDGsエッセイ大賞2024」を受賞。

credit text:兵藤育子 photo:歸山芳文