時が経つのを忘れる居心地のよさ
喜ぐち
再び5分ほど歩き、50年以上の歴史を持つ〈喜ぐち〉へ。信濃川の河口に位置するこの周辺エリアは、地元の人に下(しも)と呼ばれていて、開港150周年をひかえ、盛り上がりを見せる新潟港の港町として栄えてきました。
こんなところに居酒屋があるのかと不安になってしまうくらい辺りは静かなのですが、のれんをくぐってみてビックリ。
カウンターを抜けると、外側からは想像できないくらいゆったりとした座敷スペースが広がっていて、陽気に酒を酌み交わす人たちで溢れています。
「うちは昭和40年からやっているのですが、最初はカウンターだけのお店だったんです。昔は奥の座敷部分を閉め切って、そこに3人の子どもたちを寝かせていました。泣き声がすると、お客さんが私に教えてくれたりして、ずいぶん家庭的な時代でしたね」
と話すのは、女将さんの木口栄子さん。ご主人は東京の割烹で腕を磨いた料理人で、「お客さんの口を喜ばせる」という意味を込め、名字をもじって〈喜ぐち〉と命名。
庶民的な価格で、深夜までおいしい料理を食べられるお店ということで、ひと昔前は仕事を終えた飲食店関係のお客さんが多かったそう。
現在は仕事帰りのサラリーマンや女子会、親子3代で訪れる家族など、客層もかなり広がっています。
ここで飲める日本酒は、〈越後杜氏〉〈鶴齢〉〈八海山〉〈麒麟山〉など地酒オンリーなのに対して、料理は刺身や焼き魚から肉料理、揚げ物、鍋物、麺類、丼物までなんでもあるのがユニーク。
数あるメニューのなかでも地元の人が「ぜひ一度は食べてみて」と猛プッシュするのが、ラーメン。かつてご主人が、別のところでラーメン店を開いたことがあるそうで、幸か不幸かうまくいかず、店を畳んで〈喜ぐち〉でラーメンを出すことに。
これが若い人を中心にうけて、今では人気メニューのひとつに。遅くまで営業していることもあって、2軒目、3軒目にやってきて、しめのラーメンを食べる人も多いそうです。
この店の魅力は、なんといっても居心地のよさ。カウンターで飲むのも楽しいけれども、畳の上でくつろぎながら飲んでいると、あっという間に時間が過ぎてしまいます。
「家に帰ってきたみたいで落ち着くから、絶対に改装なんかしないでねってお客さんには言われるんです(笑)」
と女将さん。たしかにこの“しょっぱさ”は、一度壊してしまったら再現不可能。酒文化とともに、大切に守っていくべき場所といえるでしょう。新潟のディープな部分に触れられる、しょっぺ店。のれんをくぐった先に広がる別世界を、ぜひ体験してみませんか?
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credit text:兵藤育子 photo:千葉 諭