新潟のつかいかた

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日本酒だけじゃない!
日本のワイン、クラフトビールの
ルーツも新潟にあり! Posted | 2024/02/16

「だから新潟がいい!」という県民のアツいメッセージを紹介する『#新潟のコメジルシ』から「お酒」をフォーカスした記事に注目。この記事では、新潟人が愛するお酒と暮らしとの多様な関わり方についてお伝えします。

日本有数の「酒どころ」である新潟県。日本酒の酒蔵数と、成人1人あたりの消費量はともに全国第1位と日本酒のイメージが強いですが、なにも「日本酒」だけを見て新潟県を「酒どころ」と言っているわけではありません。

日本のワイン造りのルーツを辿ると、「日本のワインぶどうの父」と呼ばれる川上善兵衛さんは新潟県上越市出身ですし、国内第1号のクラフトビール〈エチゴビール〉は新潟市西蒲区で誕生しました。このように、ワインやクラフトビールのルーツをもってしても、新潟県を「酒どころ」と呼ぶのがふさわしいのです!

日本酒のルーツは新潟!? 日本酒と新潟の切っても切れない関係

大人数でお猪口を持って乾杯する様子

日本酒の起源は、弥生時代に中国大陸から水稲が伝来し、平安時代に入り日本各地の寺院や神社でも酒造りが行われるようになったというのが通説ですが、古代文献をひもとくとほかの説も見られます。

『古事記』や『出雲風土記』などに登場する高志国(現在の福井県から新潟県)の姫とされる「奴名川(ぬなかわ)姫。糸魚川の奴名川神社の旧記には、「ヒスイの女王」である奴名川姫が、大己貴神(おおなむちのかみ)をもてなすために沼垂の田の稲を用いて醸した甜酒(たむさけ)をふるまったとされています。そして、この「甜酒」とは甘酒のようなもので日本酒のルーツともされています。

機械で日本酒が瓶詰めされる工程

その後、日本酒は鎌倉から室町時代にかけて酒屋が登場したことで人気を博します。新潟県では、戦国時代の1548年に長岡市で創業した酒蔵〈吉乃川〉が最古とされ、同年に春日山城(上越市)に入城した上杉謙信が酒や糀の税金を免除したことで酒造りが発展したとも言われています。

このことからも日本酒の歴史に新潟県が深く関わっていることがわかります。

日本酒から見えてくる地域の多様性

雪の上で冷やされる四合瓶の日本酒3種

新潟県での酒造りは、こうした時代背景に加えて独自の風土からも恩恵を受けてきました。

日本酒造りに欠かせない仕込み水には、山々から流れる雪解け水が大地に浸み込み、地下水脈を通った湧き水が使用されています。

この天然水はミネラル分の少ない「軟水」がほとんどです。ミネラル分が少ないと発酵が穏やかに促進され、なめらかでキメ細かな日本酒に仕上がります。新潟の日本酒が「淡麗辛口」と言われるのはこのためです。

一方で、ミネラル分が多い「硬水」を使用した酒造りを行ってきたのが、創業370年以上続く糸魚川の〈加賀の井酒造〉です。〈加賀の井酒造〉の当主はヒスイの原産地である糸魚川市の「ヒスイ峡」付近から流れる伏流水に着目。ここから湧き出る中硬水は、酒質に変調をきたす「腐造」しにくく、これを仕込み水として使うことで力強い味わいとなる代表銘柄〈加賀の井〉をつくりました。

〈加賀の井酒造〉で蒸米をほぐす作業中

そのほかにも、地域に根づく酒造りの一例として「雪室(ゆきむろ)」という雪を使った天然の冷蔵庫を利用しているものがあります。雪室には冬に積もった雪が一年中保存され、室温を年間を通して4度前後、湿度90パーセント程度に保てることから、低温高湿の環境で日本酒を熟成させることができます。

南魚沼市にある〈八海醸造〉では、雪室は二酸化炭素を出さない現代のクリーンエネルギーとして着目し、雪室と雪中貯蔵庫を備える「八海山雪室」をつくりました。八海山雪室では、長期間、日本酒を雪室で貯蔵することにより熟成させ、まろやかな味わいの日本酒を生み出しています。

雪が積もった〈八海醸造〉外観

このように、お酒のつくり手たちは、お米や水、雪、それらをつくる新潟の風土など、地域に根ざした酒造りを受け継いできました。そして、成人1人あたりの日本酒消費量は全国1位と全国で最も日本酒が好きな新潟県民の暮らしが、いかに日本酒と密接に結びついているのかが見えてきます。

新潟県のクラフトビールがまちを盛り上げる

〈RYDEEN BEER〉のクラフトビール2種

1994年は、現在のクラフトビールに相当する地ビールが盛り上がった「地ビール元年」と呼ばれています。酒税法改正によって、ビール製造免許を取得するための最低製造量が大きく引き下げられたのです。このため小規模な事業者であってもビール製造が行えるようになり、日本各地でクラフトビールが誕生しました。

その先駆けが新潟市西蒲区にある〈エチゴビール〉です。1995年に、日本初の地ビール醸造をスタートし、その後も新潟各地でパブを併設した大型醸造所から地域密着型の小さな醸造所まで多様なクラフトビール造りが行われています。

現在ではクラフトビール市場は全国で650社超(2022年)、新潟県にはそのうち、大小約20のブルワリーがあるとも言われています。日本酒の醸造や発酵文化に着想を得て、他業種からもクラフトビール造りに参入するなど個性的なブルワリーが続々と増えています。

〈HEISEI BREWING〉のクラフトビール〈かぐら南蛮IPA〉

長岡市にあるクラフトビール醸造〈HEISEI BREWING〉は、400年続く醤油屋〈ホクショク〉が始めました。クラフトビール造りにおいても、味噌や醤油の醸造ノウハウや発酵技術を生かし、酵母も自社生産しています。また、発酵と醸造のまちである長岡市では、日本海側最大級のクラフトビールイベント「ザ・ビール展」も開催され、地元の醸造所を後押しする新しい文化が生まれつつあります。

ほかにも十日町市松代にある〈妻有ビール〉は、地産地消型のビール醸造に取り組んでいます。十日町では、1955年頃まで大規模なホップ栽培が行われてきたそうですが、現在はホップ栽培を行う農家が減少しています。そこで創業者の高木千歩さんは、ホップ栽培に携わっていた農家から協力を得て、耕作放棄地だった畑を再開墾し、天然酵母のビール造りを目指して原材料であるホップを育てているそう。

新潟のクラフトビール醸造所には、ほかにも世界の5大ビール審査会と呼ばれるビールの世界大会で多くの賞を受賞している醸造所がたくさんあります。その裏側では、つくり手の育成や地元産業の再建、文化の魅力を発見できるプログラムを提供する醸造所があり、新潟人にとっても世界に誇れる存在といえます。

地域の文化創出と担い手を紡ぐ新潟のワインと物語

〈岩の原葡萄園〉の第一号石蔵内に置かれたたくさんのワイン樽

日本のワイン造りのルーツといえば、「日本のワインぶどうの父」と呼ばれる新潟県上越市生まれの川上善兵衛さんが挙げられます。豪雪地である上越での米造りで悩む農民のため、1890年にぶどう園を開墾。雪国の風土に合う赤ワインの品種「マスカット・ベーリーA」などの優良品種を交配によって作出し、それらの品種は現在も全国各地で栽培されています。

当時開園したぶどう園は、現在もワイナリー〈岩の原葡萄園〉として運営されています。園内には、日本最古のワイン蔵がある「第一号石蔵」や、冷却設備のない時代に雪で石蔵内を冷やしワイン醸造を行った「第二号石蔵」など、日本ワイン史における歴史的な建造物が今も残されています。

ぶどう畑が広がる

また、新潟市西蒲区の海岸地域でぶどう畑をつくり始めたのが〈カーブドッチ・ワイナリー〉です。同エリアは「新潟ワインコースト」と呼ばれ、〈カーブドッチ・ワイナリー〉をはじめに多くのワイナリーが密集しています。ワイナリー経営塾やブドウの苗木オーナー制度など、ワイナリーを始めるための制度なども整備されており、滞在型のワインリゾートとしても注目を集めています。

収穫前のぶどう

新潟県の日本酒やクラフトビール、ワイン造りにおいての共通点。それは、いずれも歴史的なバックグランドがあり、それらを現代まで受け継いできた人たちの存在があるからこそ、その土地の特性を生かしながら暮らしのなかに今も息づいているということ。

全国にファンが多い新潟の日本酒ですが、クラフトビールやワインも新潟ならではの文化に育まれ、日本酒にも劣らない魅力を秘めています。

credit text:水澤陽介