日本酒と自然の結びつきを知る
思わず深呼吸をしたくなるような、田園風景が広がる魚沼。見上げた視線の先には、のどかな里山を守るようにして山々がそびえています。
ごつごつとした岩肌がむき出しになっている、標高1,778メートルの八海山は、越後駒ヶ岳、中ノ岳とともに、魚沼三山あるいは越後三山と呼ばれ、山岳信仰の対象として崇められてきました。
山なのに「八つの海」という名前を冠しているのも興味深いところ。仏教における八つの戒め、すなわち「八戒」を語源とする説や、山中に八つの池があるから、あるいは八つの階段状になっていて「八階山」といわれていたからなど、諸説あるそう。
八海山という山を知らなくても、〈八海山〉という酒の名前を聞いたことのある人は多いはず。群雄割拠といっても過言ではない新潟の酒蔵のなかでも、知名度の高さを誇る銘柄です。
〈八海醸造〉が創業したのは、大正11年(1922年)。酒蔵としてはまだまだ若いそうですが、お酒そのものだけでなく、酒づくりを取り巻く自然環境や暮らしも含めて積極的に発信しているユニークな取り組みも注目されています。
その拠点となっているのが、南魚沼市・長森にある〈魚沼の里〉。緑に囲まれた約7万坪もの広大な敷地には、酒蔵や研究棟、食事処、資料館、貯蔵庫などの建物が点在しています。
「一般の方がいつでも見学できるような観光蔵ではないのですが、日本酒は地域と密接なものなので、八海山を知っていただくには、魚沼の土地を知っていただくのが一番だというのが、魚沼の里の構想のきっかけです」
と説明するのは、魚沼の里事業部の矢野容子さん。魚沼の里のテーマは、“郷愁とやすらぎ”。
3メートルもの雪が積もる長くて厳しい冬、草木が芽吹いて山菜などの恵みをもたらす春、緑のじゅうたんが風にそよぐ夏、さらにその田んぼが黄金色に染まり、徐々に冬支度を始める秋。
季節ごとに表情がまったく異なるので、何度も足を運んで、のんびり過ごしてほしいという思いが込められています。
魚沼の里のなかでもひときわ大きい建物が、第二浩和蔵と呼ばれる酒蔵(見学は不可)。平成16年(2004年)に完成したこの酒蔵では、八海醸造のお酒の約8割を生産しています。
おいしい酒づくりに上質な水と米は不可欠ですが、八海醸造のすべての酒には、「雷電さまの清水」と呼ばれて土地の人に親しまれてきた、八海山系の伏流水を使用。超軟水の特性を生かすことで、雑味の少ないすっきりとした味わいに。酒米は山田錦や、新潟の酒らしい淡麗辛口の味を生み出す五百万石などを、産地や生産者にこだわって使用しています。
「私たちが目指しているのは、料理の邪魔をしない、主張しすぎないお酒。食事や会話があくまでもメインで、それに華を添える存在として、長くゆっくり楽しめるお酒を理想としています。今はいろんな飲み口のお酒がありますが、最初の1、2杯はおいしく味わえても、ずっと飲み続けられるものは意外と多くないと思うのです。『気づいたらたくさん飲んでいた』と言われるのが一番うれしいですね」
ちなみに八海山には、一般には流通しない「特別な酒」があるのだとか。酒づくりに最も適した厳寒期に、最高の素材と技術を用いて少量だけ仕込まれるそのお酒は、大吟醸のようないわゆる高級酒も、毎日飲むようなリーズナブルなお酒も、すべてのラインナップが目指すクオリティなのだそうです。